マーサ

「特別?」


「はい……。マーサの家の裏に井戸があったのは覚えていますか?」


 言われてみれば、たしかに凛を探して井戸を見つけたことがある。あれは、マネがシシ病に罹った時だったか。でも、見た目はなんの変哲もない普通の井戸だ。それがあるからと特別扱いされる要素はない。


「あそこに湧き出る水は、凛様にとって命の水なんだそうです」


「命の水?」


「はい……。凛様の術は万能ではありません。世の理に反せば、必ずその代償が支払われます。私の時もそう。あの傷を治したことで、彼自身がその痛みに苦しむことになりました」


「そんなっ!」


 思わず声を上げる。突然の大声に驚いたマネは私を見て瞬きを繰り返した。慌てて謝るけれど、形だけの謝罪になってしまう。

 あの時の凛は確かに具合が悪そうだったけれど、それが力を使ったせいだとは夢にも思わなかった。


「それに、もともとマーサは私たち三人とは違います。彼女は自分の事を幼い頃はリグと言っていました」


「リグ?」


 マネは小さく頷くと神妙な面持ちで話を続ける。


「それを聞いた凛様は、マーサの元に飛んでいって、それ以来頻繁に通うようになりました。そして、マーサももう自分の事をリグとは言わなくなりました」


「凛とマーサには何かがあるってことね?」


「はい。……凛様が婚約者とは言えわざわざ足を運んだのはマーサの所くらいで、後の私を含めた三人の家には滅多なことでは訪れません」


 それだけ、凛にとってマーサは重要だということか。……それは、恋なのだろうか。胸の奥に氷のトゲが刺さったように痛い。もしそうだとして、それは過去のことのはず。現に彼は私とずっと共にいてくれた。

 マーサへの気持ちがまだあれば、そんな事はしないはず。


「ふふっ……」


「雷麗様?」


「いえ、……何でもないわ」


 少し、馬鹿馬鹿しくなっただけ。自分に都合のいい仮定を頭の中で巡らせたところで真実なんて分からないのに。そう願わずには居られないなんて、こんなの初めてだ。

 散々嘲笑した姉は今の私以上に苦しかっただろう。それでも、もうそれに対して謝罪することも叶わない。

 もしかしたら、これは姉の呪いかも知れない。私ばかりが幸せになることを許さない姉の最後の仕返し。


「戻ろうか、マネ。私にはやらなければいけないことがあるものね」


 心配そうに下唇を噛むマネが、私にはいる。この広すぎる宮に、一人じゃないだけずっとマシだ。

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