翌朝早くにリーチェとマネが私を訪ねてきた。リンは少し気が進まないようだったが、狩人衆が迎えにくると出かけて行った。


「この度は、マネを助けていただいて本当に感謝しています」


 深々とリーチェが頭を下げると、マネも続いて頭を下げる。


「顔を上げて、私はそんな大したことしてないわ」


「いえ、雷麗レイリー様がいたから助かったのです」


「もう、この話はおしまい!キリがないわ」


 恥ずかしくなって話を無理やり切り上げる。そんな私を見て、二人はクスクスと笑みを漏らす。


「雷麗様がそんなに明るくてお優しい方だとは思いませんでした」


 笑みを含んだリーチェの言い方に顔をしかめる。するとリーチェは慌てて訂正した。


「いえ、悪い意味ではないんですよ。ただ、初めてお会いした時、とても……堅い方と言う印象を受けたので……」


「それを言うなら私の方だわ。リーチェは凛とした空気感があるから、近寄りがたい方かと」


「そうですわね、リーチェはいつも誤解されています」


「あら、マネだって、私生まれて初めて感謝の言葉を述べたのに、無視をされて落ち込んだわ」


「それは!……無視ではなく、粗相をしないようにと必死だっただけで……」


「ふふふふふっ、あははははっ」


 誰からともなく笑いが溢れる。初めからもっとこうして話していれば良かったのではないだろうか。……いや、あの日凛に言ったことと同じ。その時が来ただけの事。


「……それでも、フェウには気をつけてくださいね」


「あら、私はマーサの方がずっと心配だわ」


 ここに居ない二人の話題に切り替わると、途端に空気が重くなったように感じる。


「雷麗様が二人をどう考えているかはわかりませんが、あの二人にはあまり無闇に近づかない方が良いですわ」


 フェウは、確かに私の事を敵視しているように見えた。今思えば、茶会の時もわざと私の分からない話を振っていたように思う。

 マーサは……よく分からない。いつもフェウと一緒にいて、印象を消してるような、とにかく何の情報もない。


「フェウの家は凛様と結婚させるためにフェウ以外の男児とその母親を皆んな家から追い出したんです」


 予想外の言葉に目が開く。そんなことできるのだろうか。

 マネは細く息を吐いて誰かを思い出しているようだった。


「マーサはいつもフェウの後ろにいるでしょう?……でも、不吉なことが起きる時必ず姿を消すんです」


 ——直接的ではないにしろ彼女が関わっているのは明白だわ。


 そう漏らしたリーチェの表情はどこか憎しみがこもっていた。


「でもやっぱり、凛様には一番気をつけるべきだわ。彼の方とても気味が悪いから」


「気味が悪い?」


 私が聞き返すと、マネは口籠った。リーチェは少し外を気にして、凛が帰っていない事を確認している。


「彼の方、私が生まれた時から姿が変わらないんです」


 そう言ったのはリーチェだった。


「いいえ、聞くところによれば、ランスが生まれた時からあの姿だったらしいのです」


「そんなこと……あるわけが……」


「私たちの先祖は確かに外海人です。ですが、私たちの中にも混血は生まれ、今では外海人のみと言う方が珍しいのです。その中で、凛様は外海人なのです」


「血が混ざらなければ……」


「そうではありません!……凛様はかつて外海人としてこの国に現れ、この李族を作り上げた原初の人間なのです!」


 そんなことあるわけない。でも、真剣な顔のマネが嘘をついているとも思えない。


「ここに来てまだ日の浅い雷麗様に今すぐ理解していただこうとは思いません。ただ……もしもの時は私達を頼ってくださいね」


「ありがとう。よく覚えておくわ……」


 その時、外からリョウの悲鳴が聞こえてきた。突然のことに混乱しつつも、私達三人、急いで外に出る。すると、広場の中央に円形に人集りができていた。集まる人々は皆虚な目で何かを叫んでいた。称賛とも憂いともつかぬ声で。


 リョウを探すと、すぐに見つかる。彼女は輪の外で腰を抜かしていたのだ。私たちが彼女に駆け寄ると、中心にいた人物が私達に気付いたようで振り返る。


「あ、ただいま雷麗」


 赤黒く染まる彼の笑顔はあの夜を思い出させた。

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