記憶の海
とても気まずい沈黙の中、向かい合うように座る
「僕ね、
「私のため?」
「そう!雷麗のお願いを聞いてあげたんだ!……だから、一部が壊れちゃったんだ」
そう言う凛は咳き込んだかと思えば血を吐き出す。慌てる私を見て愉快そうに笑う姿はとても病人には見えない。
「安心して、僕は死なないからさ」
「変な強がりはやめてください。人はいつか死にます……それでも少しでも長く、幸せでいたいから健康でいられるようにするんです」
「あははっ、そっか。そうだよね」
どこか他人事な口ぶりに眉を寄せると、凛は私の眉間を人差し指で擦る。突然の事にムッとして凛を見れば、また彼は笑った。
「うん、大丈夫だよ。心配しないで。僕は君のそばにずっといるから。もう二度と離れてしまわないようにね」
「もう二度と……?」
それは、一度離れ離れになってしまったような物言いだ。彼は一体何を知っているのだろう。今よりずっと昔の私たちの……出会い?
「雷麗は思い出せないよね?でもいつかはきっと思い出せる時が来るから、その時今度は、君が僕を見つけて」
「……はい」
答え合わせはしてくれないらしい。それでも、胸の底にある何かを隠してるような嫌な感覚が消えたら、その向こう側に彼を見つけることができるのだろう、と確かな自信がある。
はらりと彼が触れた前髪が落ちる。彼はそれを私の耳にかけると、そのまま頬を大きな掌で包んだ。熱を持つ瞳でお互い見つめ合う。その時間はまるで永遠のようだった。
「今はまだ待っててね」
彼がそう言うと耳の奥で何かが小さく弾ける音がして、私はその場で眠った。
「雷麗があまりにも可愛いから、ヒントをあげる。……ふふっ、僕って優しいなあ」
くしゃりと撫でる暖かい手の感触は夢に落ちた私には届かなかった。
夢か現か、私は気がつくととても眩い場所に立っていた。そして、その向こう側にいる人物と……口論、しているようだった。
「お前の戯言など聞き飽きた」
「それなら証明してやる!後悔したって遅いからな‼︎」
捨て台詞を吐いて私は振り返り、二つの池のうち、右側に広がるとても大きな方に飛び込んだ。
その中で、身体は軋み燃えるように熱く、それでいて極寒の地にいるように寒さで痛かった。
そうして気がつくと、私は実家の屋敷にいた。
最後に見た時よりも目線が低いと言うことは私は幼いのだろうか。周囲の人物はみな忙しなく私の横を通り過ぎていく。誰に話しかけても誰も私に意識を向けてはくれない。それが悲しくて悲しくて、長い廊下で蹲って泣いていると、ふと誰かが私の肩にを叩いた。顔を上げると、そこには燃えるような楓を背景に、一人の男が立っていた。
真っ白とは行かないがそれでも白い髪、お月様のような綺麗な黄色い瞳、肌は自分よりも日に焼けていて、それでもその微笑みはずっと私が求めていたものに見える。
「————っ!」
目が覚めたとき、涙で濡れていた。最後の彼の言葉も行動も私の中には残っていない。
「おかえりなさい、楽しかった?」
私が起きたのを見て、彼は横にストンと腰を落とす。
「あれは、貴方が見せていたの?」
「そうだよ」
「……そんな事出来るはずないじゃない」
「それはどうかな。……ねえ、雷麗は第四世界を知ってる?」
第四世界。それは、昔話に出てくる四つの世界の話だろうか?
首を傾げると、心の中を覗いたみたいに凛は頷いた。
「そう」
——その昔、世界は四つに分断された。第一の世界、第二の世界、第三の世界、第四の世界。
第一の世界を統べる王は第二の世界を統べる王と仲が良く手を取り合った。
第三の世界を統べる王は孤独の海に身を投げた。
第四の世界を統べる王は全てを捨てて新天地へ向かった。
「あれはただの御伽話じゃないよ」
「……ええ、知ってるわ……いや、何を言ってるのかしら。あれは……」
口をついて出た言葉に自分自身が混乱する。それが当たり前だとでも言うような口ぶりだが、今この時まで私はずっとただの絵空事だと思っていた。
そんな私に凛は「もう少し休んだ方がいい」と言って布団をかけてくれたが、今眠る事であの夢を見るのが怖い。
「待って!」
この場から去ろうとする凛の手を掴む。振り返った凛は今まで見たことのない、戸惑いを浮かべていた。
「一人に……しないで欲しいの」
凛はふにゃりと笑うともう一度私の隣に座った。そして、私の頭を撫でた。
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