凛と姉

リン?それは一体……え?」


 凛の身体にべったりとついた赤に吐き気がする。こちらまで漂ってくる臭いは鉄に混じって懐かしい香りが混じっていた。


「これ、お土産だよ」


 そう言って彼が差し出した手には真っ黒な糸が無数に絡まり、その下には玉状のものがついていた。それは殆どが赤く染まっていたが、所々白く見える。


「耳?」


 隣にいたリーチェの言葉に目を凝らせば、凛は私にもよく見えるようにをこちらへ向けた。


「ひっ、…………姉さん?」


 それは、かつて姉と呼んだ女の生首だった。眼球がかぶれたようにボコボコと腫れ、すっと通った鼻筋の先は引きちぎられている。残っている右耳についた飾りは間違いなく、姉が元婚約者から贈られたものだった。


「これで都に戻れるよね?」


 微笑む彼が気持ち悪くて私は腰が抜けてしまいその場に座り込む。


「大丈夫ですか?」


 リーチェが私の肩を抱く。大丈夫と言いたいけれど視界が回って立ち上がれない。ただ血の臭いが私の脳を侵して私は口を押さえて胃液を垂れ流した。


「ごめんね、喜ぶかと思ったんだけど……もう顔も見たくなかったよね?」


 そう言うと彼は姉の首を投げて手をかざして燃やしてしまった。人々はそれを避けるように輪を広げる。

 後には何も残らなかった。


「……ぅして?」


「ん?どうしたの、雷麗レイリー


「どうして、こんな恐ろしい事を?」


 息も絶え絶えに何とか絞り出せば、彼は私にゆっくりと近づく。リーチェは震える体で間に入り、凛を睨みつけた。


「邪魔くさいなあ、リンデンの子孫だから大切にしてやってるのに……」


 ぶつぶつと呟く彼から嫌な気配を感じて、リーチェを突き飛ばすと、何かが私の首を絞めるような圧迫感が私を襲う。けれどもすぐに泡が弾けるような感覚とともに楽になる。


「雷麗!……どうしてこんな事……ああ、気が動転しているんだね。仕方ないよね……家に帰ろう」


 遠くで凛の声が聞こえる。瞼が重くて開かない。私を抱きしめる何かが石のように冷たくて、私は恐怖に震えるまま気を失った。


 ——あんた何者なの?!


 誰かが叫ぶ。


 ——僕は、雷麗の未来の旦那様だよ


 落ち着いた抑揚のない声は何処かで聞いたことがあるような気がした。


 ——あの子には手出しさせないわ!


 ——無駄だよ、僕達は一つに還る運命だから


 ——そんなもの知ったこっちゃない!あの子は私の妹なんだから‼︎


「ハッ……今の、何?」


 懐かしい天井に、私は起き上がって辺りを見渡す。また夢だ。だから、劉家の屋敷こんな場所で目が覚めるんだ。


 ——うわあああああああ‼︎


 悲鳴が聞こえて、恐る恐る戸を開ける。突き当たりの廊下で何かを引きずる人影が見えた。


 気づかれぬようにと後をつければ、やがてソレは父の執務室へと向かう。


「お前は、なぜお前がここにいる?!」


 人影は実体を持たない影のように見える。それは、私の目の前で両親を手にかけた。その瞬間景色が変わって、今度は城にいた。


 玉座の間で、既に逃げようとした王が殺され、その妻である姉が逃げようと必死に後ずさる。腰が抜けてしまっているのか、その動きでは助からないことはわかる。


「貴方、貴方がどうしているの?まさか……雷麗を、連れ去ったのは貴方なの?どうして?どうして貴方が?!」


 取り乱す彼女に、影はとうとう口を開いた。


「言っただろう?これが運命なんだ」


 ——凛?


 音にならない声に、影は振り返る。その瞬間私は現実へと引き戻された。


「何を見た?!何を見たんだ‼︎」


 叫ぶ凛の手が腕を掴む。それがギリギリと食い込んで呻くが凛の耳には届かないみたいだった。


「痛い!痛い痛いやめて!」


 自分のどこにそんな力があるのか、私は彼を突き飛ばした。自分自身で驚いてそれでも体を守るように腕を交差させる。


「雷麗?その力……思い出したの?」


「分からない!凛が何を言ってるのか分からないわ!でも、もうやめて!頭も心も落ち着かなくて壊れてしまいそうなの!いいから出て行ってよ‼︎」


 そう捲し立てると、凛はハッとしたように私を見て、「頭を冷やしてくる」と言い残して出て行った。

 残された部屋で一人、頭を抱えた。

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