重なる姿

「貴方……女の子だったの?」


 固まる私に、今まで空気だったリンが肩に手を置く。振り返れば“気づいてなかったんだね”と言うように顔を横に振り、私に哀れみの目を向けていた。無性に腹が立つわ。

 私は少年もとい少女に向き直って素直に謝罪する。


「ごめんなさい、私てっきり……あの……ね、まだ子供だから……」


「こう見えても俺はもう十四だ!」


 私は喋るのをやめた。


「とにかく、僕達が話をしたのは弟の方だ。姉だとしてもお前には関係無い」


 それまで黙っていた凛は彼女を冷たく見下ろして言う。それでも怯むことなく彼女は凛に怒鳴りつけた。


「うるさい!盗人がいい気になるな!」


「違うよ姉ちゃん!この人達は簪屋から買ったんだ‼︎盗んだのは向かいの梓雨ズーユーだよ!」


 今にもこちらへ飛びかかりそうな勢いの姉を必死で止めるテン


「それにこのお姉ちゃんは返してくれるって言ったんだ‼︎」


 家が壊れそうなくらいの大きな声で天は叫んだ。その言葉に流石の姉も動きを止める。


「だったら何で対価として天が働くんだ」


 尚もこちらを睨む少女を止めるように天は私たちの間に入って手を広げる。


「僕が言い出したんだよ!……父ちゃんが言ってただろ、返せない恩は受け取るなって……このお姉ちゃんはお金を払って買ったんだ。悪いのは梓雨でお姉ちゃんたちじゃない」


 天の訴えに、思うところがあったのか、少女は怒るのをやめてどかっと床に座った。


「悪かった。勘違いで失礼な態度を取ってしまったな。私の名はヂョウ。姓は捨てた。今は弟と二人でここに住んでいる」


 頭を下げる彼女に私は慌てて膝をつき、頭を上げるよう言った。


「顔を上げてください。私は雷麗レイリーと申します。今は夫と共に都へ向かう途中。この街は明日発つ予定です。貴方方さえ宜しければ、それまでの間この街について教えて下さい」


 私が頭を下げると、宙はサッと青ざめる。天の方は無邪気に「李なんて初めて聞いた名前」と笑うが、宙は立ち上がり天を後ろに隠した。


「こんな生活だって元々は貴族なんだ。李族の話なら知ってる……。あんたどう見てもこの国の出身だろ?李だなんて……」


 宙は私の背後に控える凛を見て今すぐにでも倒れてしまいそうなほど顔色が悪くなる。今まで怒りで我を忘れていた彼女の目に、凛は外海人としては映っていなかったのだろう。けれども凛の容姿はどう見たってこの国の人間では無い。


「安心して下さい。私はこの国で生まれこの国で育ちました。今は縁があり凛と夫婦になりましたが、元はただの貴族の娘です。劉の名に誓って、貴方たちに危害は加えません」


 宙の目を見てそう伝えれば、彼女は少なくとも威嚇はやめてくれた。


「ありがとう。今はそれで十分じゅうぶんです」


 そう微笑めば、毒気を抜かれたように宙は年相応の顔つきに戻る。そして不安げに天を見た。


「弟だけじゃ心配だから俺も行く」


「賑やかな方が楽しいでしょうしね。お願いするわ」


 楽しそうな二人を見て弟を思い出した。最後に会った時はもう宙よりもずっと大人だったけれど、私の中に残る彼はまだ幼い姿のまま。

 きっと私を心底憎んでいたのは彼だろう。罪滅ぼしだなんて都合の良いことは言えない。ただ、あの子にしてやるべきだった事をこの二人にしてやらなければと罪悪感が囁く。

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