簪と子供

 私たちが訪れたこの街は、表通りは賑わっているが、一本隣に入るとすぐ食うに困った人々が住む貧民通りがある。


雷麗レイリー、本当にそれでよかったの?そりゃあんな男にわざわざ大金を渡してやりたくはないけどさ……」


 後ろでぶつぶつと文句を垂れるリンの頬を両手で挟むように叩く。


「これは素晴らしい品よ!子供が作ったなんてありえない!私が元婚約者から贈られた品々と遜色のないほど繊細な作りだわ」


 それをあんな金額で手に入れられるなんて願ってもない幸運と言える。


「ねえ、この簪を作った人がどこにいるか知ってる?」


 隣を通った子供に声をかけるとその子供は私の手に握られた簪を見て奪いとって行った。

 突然のことに唖然として反応が遅れる私に、すぐさま駆け出す凛。私は何とか二人の後を追うために走りだす。


 息も絶え絶えに何とか足音を頼りに進んでいくと、入り組んだ先の少し開けた井戸の横で、凛が少年を捕まえていた。


「離せよ!畜生、離せ!」


「凛、子供に手荒なことはやめて」


「はーい」


 凛は少年から簪を取り上げて私に渡すと、私と少年の間に立って「どういうつもりだ?」とまるで犯罪者にするように尋問を始める。


「凛、それじゃあ怖すぎて口もきけなくなってしまうわ……」


 私は凛を嗜めると、少年の目線に合わせるようにしゃがみ、尋ねる。


「これ、貴方のものね?これをどこで手に入れたの?」


「それはこっちの台詞だ!お前が盗んだんだな!」


 興奮した様子の彼は話にならない。まずは一旦落ち着かせなくてはと考える私の横から、凛は少年めがけて拳骨を落とした。


「凛!子供相手になんて事を!」


「ちょっと気絶するだけ。力はちゃんと調節してるよ。それよりこいつを運ぼう」


 そう言うと凛は少年を抱えて正面の家に入る。よく見ればその家の戸口には、心配そうに少年を見つめる男の子が立っていた。弟だろうか?


「コイツを寝かせてやりたい」


 凛の言葉に、男の子は家の中に招き入れてくれた。男の子は小さな体で薄い布団を引っ張り出すと、少年を寝かせるように言う。


「あ、そうだわ。これ、貴方たちのだって聞いたから返すわね」


 簪を手渡すと、男の子は首を横に振って受け取らなかった。


「それ、お姉ちゃんが買ってた」


「でも、盗まれたものでしょう?」


「……それでも、お姉ちゃんたちには関係無いから」


 服の裾をギュッと握る彼は今にも泣きそうだった。きっと返してもらいたい気持ちはあるのだろう。けれど、それは施しを受けるのと同義。小さい胸の内に隠れた自尊心がそれを許さないのだ。あまりにも優しく気高い男の子に、私も“返します”なんて傲慢な自分を恥じた。


「それなら、私から買い取って」


 元々商品に見合わず安く手に入れた品。彼らでも買い取るのはそう難しくないだろう。


「でも……そんなお金……」


「銅貨三枚だったけど、乱暴に扱われちゃったから、一枚でいいわ」


「そんな!」


「それと……私たちがここに滞在する間案内人として雇わせてもらえないかしら?」


 奥二重の大きな瞳をまん丸になるほど見開いて男の子は「やる!僕やるよ!」と涙を流した。


「それじゃあ前払いとして簪を渡しておくわ」


 簪を大事そうに握りしめる男の子の声で、どうやら兄の少年も目を覚ましたみたいだ。


「……?っ!どうした、何されたんだテン!」


 少年は弟に駆け寄ると、私を睨み付ける。ふと、私にもこんな兄弟がいたらと思ってしまった。


「何もしてないわ。この子が簪の代金分私達にこの街を案内してもらう契約をしたのよ」


「ふざけんな!これは元々俺の……」


「良いんだよ姉ちゃん!僕頑張るからそれで良いんだよ‼︎」

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