心と簪
「本当は、あまり話したくないんだ。できる事なら君にはじっくり思い出して欲しいから」
「僕は君の事しか考えられないんだ
それは、君に夢中とかって話じゃない。もちろんそれもあるけど、それ以上に僕の魂は
だから、君以外の人間の感情には凄く疎い」
俯く凛の手を取り私は自然と微笑む。
「そんなのわかっていました」
凛は私の言葉に弾かれたように顔を上げ私の目を見つめる。
「……貴方はマネの事を見殺しにしようとしました」
私の言葉に彼の顔は再び陰る。
「でも、結果として貴方はちゃんと助けてくれました。だから、貴方の心がどこにあろうと、それが善行に繋がるなら私は批難するつもりはありません」
凛の髪を撫でる。自分のものよりも少し硬くてしっかりとした髪質は、芝に触れるような心地よさだ。思えば私が凛にこうして触れるのは初めてかもしれない。子供のように微笑む彼がただ愛おしい。
「私も、凛と同じみたい」
「同じ?」
「そう、私も……凛の事ばかり考えてしまうの」
「……そっか」
一層皺の寄った笑みを浮かべる彼は嬉しそうで、初めて心の底から彼の言う私が失った記憶を取り戻したくなった。
やがて馬車は都の近くにある宿場町へと着いた。
李一族の山は都から遠いため、一日では辿り着けないらしい。馬車から降りるとマネとリーチェが待っていた。
「まだ日暮れまでは時間もあるし少し見て行くといいよ。ここには色んな店があるから……友達と楽しんでおいで」
「どうして?」
私は手を振る凛の腕を掴む。
「私は凛と過ごす時間も欲しいのです」
私の言葉に面食らったような凛と、微笑むリーチェ、心なしか不満気なマネ。三者三様の反応に私は思わず笑ってしまった。
「では、私達は失礼いたします」
リーチェは頭を下げるとマネを連れて人混みへと紛れていった。
残された凛の腕に自分の腕を絡め見上げれば、凛は観念したように微笑んだ。
「思えば、こうして外で二人きりなのは貴方が私を連れ出してくれたあの日以来ですね」
「そうだね。……あ、あの簪屋を見てみよう何か買ってあげる」
「え、えぇ……」
……二人で歩くだけで良いのに。そんな私の気持ちを置き去りにして凛は走って行ってしまう。最近の凛はずっと気が張ったようなどこか怖い空気を纏っていたが、今日の彼は出会った頃と同じ無邪気さを見せてくれる。
——一緒に過ごせるだけ幸せだわ。
今日くらい、私もはしゃいでしまおう。
こう言った場所は生まれて初めてなのだ。ずっと屋敷のなかで生きてきた私が、年頃の少女として振る舞える機会を大事にしよう。
駆けていく凛に負けじと走って追いつく。その背中になんとか触れると、彼は嬉しそうに私の手を握った。
「うわー!これ凄く綺麗だよ!雷麗に似合うんじゃないかな?」
彼がそう言って見せてくれたのは透明な石でできた装飾が美しい簪。花を象ったそれは光が当たるとキラリと光る。
「本当に綺麗ね、これなんて言うのかしら……」
「これは硝子だよ。こんなところで見ることになるとはね」
「……外海にはこんなに美しいものがあるの?」
手にとってその美しさに見惚れる。しかし、そんな私の手から店主は簪を乱暴に奪い取った。
「これは売り物じゃないんだよ」
店主の態度に思うところがあるのか、凛は私の肩に腕を回し「だったらなんで置いてあるの?」と少し低い声で尋ねる。
店主は凛の様子が変わったことに気づかないのか、それともわざとなのか無礼な態度で言葉を続ける。
「そりゃあ売るためさ。でも客はお前らみたいな貧乏人じゃなくて新国王様にだよ」
呆れた。この男は完全に人を馬鹿にするためにこれ見よがしに店頭に飾っていたのだ。
「お前らにはこのくらいで十分だろ」
そう言って男が投げつけたのは木製の簪。あまりにも酷い態度についに凛の堪忍袋のおが切れた。けれどその細工は美しく、先程の硝子と遜色のない美しさだ。
「お前良い加減に……」
「貴方、これをどこで?」
掴みかかろうとする凛を押し除けて私は店主に尋ねる。
「あ?そんなもん裏手に住むガキに作らせたんだよ」
驚いた。子供がこんなものを作れるなんて。
「そう、じゃあお言葉に甘えてこれをいただいていくわ。それと、貴方いつか痛い目に遭うわよ」
それだけ言い残し、私は凛を引っ張って簪を作ったという子供を探しに貧民通りへと向かった。
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