仲直り
夜、私は寝付けずにいた。昨晩寝すぎてしまったのもあるが、それ以上に数年ぶりに都へ帰れると言う気持ちが眠気を遠ざけている。布団から顔だけ出してゆっくりと振り返り隣の布団を見る。そこに
今朝辛く当たった私を気遣ってくれているのだろうか。……これで良かったのかもしれない。まだ合わせる顔もないし。
無理やり納得しようと向き直った時、そんな期待を裏切るように戸が開く。私は気まずさから目を閉じた。
「
弱弱しい声に心臓が跳ねる。ふんわりと漂う匂いから凛がこれまでお酒を飲んでいたことが分かった。凛は布団に入らず、私のすぐ隣に座っているらしい。優しい手つきで私の前髪に触れた。
「君にとってあの女はそんなに大切だったの?」
あの女とは、姉のことだろうか?だとしたら正直よくわからない。私は幼いころから彼女を羨み、彼女に辛く当たっていた。姉妹仲は決して良かったとは言えない。言えないはずなのに、ふと脳裏を過る姉との思い出は追い出されたあの日ではなく、幼いころ私に外のことをたくさん教えてくれた良き姉としての姿ばかりだった。
「……そう言うのは全部君が持っていってしまったから、僕にはわからないんだ。残り物の僕には、人間らしい感情なんて残ってなかったから」
凛はそれだけ言うと黙ってしまった。全て持っていったとはどう言う事だろう。双子ならまだしも私達は生まれた場所も時代も何もかもが違う。
「……僕はいつまでも待つからね。だから、早く僕を思い出してね」
ぼそぼそと呟く凛の頬に一筋、月の光が反射した。
翌朝私は凛が用意した立派な馬車に乗り都へ向かった。
向かい合うように座るこの乗り物の中では、昨晩以上に気まずい空気が流れる。凛は私の方は見ずに、ただ黙って外の景色を眺めている。
——謝るなら今だわ。
二人だけでいられるこの時が、私に与えられた唯一の機会。けれど、素直になれない心がそれを止める。
「あの、凛。私……その、だから……」
口籠る私に凛は一瞥もくれない。なんだか泣きたくなってきた。今になって素直に言葉を紡げない口が憎らしい。
「この前私、わた……、私が……」
ごめんなさい
その六文字が喉で引っかかってしまう。凛は未だに私なんていないみたいに静かだった。
「ご、ごめっ、な…………あぁ……」
ため息だけはするりと出た。行儀なんて知らないとばかりに私は膝を立てて縮こまる。
自分という人間がここまでどうしようもないとは思っても見なかった。唇を噛んで場違いな涙なんて流さないように耐える。
「もういいよ。君が謝る事じゃないし」
今まで聞いた事もないような素っ気無い冷めた声に、心臓が抉られたように痛んだ。せっかく耐えていた涙も溢れてしまった。
失望された。そう思うと悲しくてたまらない。自業自得と頭で理解していても、心は切り離されているように整理できない。
凛の言葉に思わず顔を上げた私と彼の視線は交わらない。彼は私がどんな顔をしているのかも興味ないみたいだ。
「ごめんなさい」
見捨てられるのが怖くて出た言葉。違う。私がしたい謝罪はこんなんじゃない。
「ごめんなさい」
違うの。こんな縋るための言い訳じゃなくて、傷つけてしまった心へのお詫びがしたいのに。
「何度も言わせないで。君が悪いんじゃないから……って、なんで泣いてるの?」
ようやく私を見た凛は涙も鼻水も出て汚れた私を見て驚いたように目を見開く。
「…………凛に嫌われてしまったからよ」
自分で言って胸が痛む。凛はそんな私に「嫌いになんてなってないよ」というが、何だかその言い方は含みがあって言葉のままは受け取れない。
「嫌いになってないのは本当。ただ、ちょっと考えてたんだ」
凛は私の隣に座ると、涙を拭う。
「……何を?」
深呼吸してできる限り冷静な声で尋ねる。凛は難しい顔のまま答えない。
「……言いたくないなら良いわ」
涙が出ないように話す声はか細くて、凛は「違うよ」と慌てる。
「言いたくないとかじゃなくて、なんて言ったら良いのか分からないんだ。こんなこと初めてで……」
「……凛が悩んでいるのは私が原因?」
「そうだけど、そうじゃない、かな。……都まではまだ少し時間もあるし雷麗には話しておくね。僕の厄介なところ」
自嘲気味に笑う凛が余りにも儚げで私は言葉を飲み込んだ。
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