出立
私が宮を発つ朝、凛は見送りに来なかった。マネはそのことに悪態を吐き、リーチェはマネを嗜める。梓雨は心配そうに私を見つめるから、私はただ苦笑を浮かべた。天は、ただ一人馬車の中で握り拳を膝の上に置いて座っていた。
「それでは、王妃様。後のことは私達にお任せください」
リーチェを筆頭に後ろに控えている総勢百人にのぼる侍女達の礼は壮観だった。彼女達が捌けると今回私たちに同行する兵士達がラウを先頭に私の前に現れる。
「旅の間、我々がお守りいたします」
「ラウ、よろしくお願いしますね」
形式的な式を終え、私達はついに宙を助けるための旅に出た。
「初めは張よ、ここよりずっと寒いからこれを着るといいわ」
獣の皮で作った防寒具をそれぞれに渡すと、二人は目を輝かせた。匂いを嗅いで、キツく無い事に驚いている。
「凛が持たせてくれたのよ。貴方たちにって」
私には二人と違って白狐の毛皮で作った、
初めて着る服だったけれど、とてもシンプルな作りで、上から被るだけなので一人で簡単に着替えができて助かった。
招待状を渡し簡単な挨拶をする。それだけのためにあまり大所帯で移動するのも避けたかった。今は迎え入れる準備に人員を割きたい。凛のおかげで侍女を最小限に抑えられたことは素直に感謝している。
「張って、どんなところなの?」
「そうねぇ、とても寒いけれど人々は温かいわ。それに、私の数少ない友人もいるの」
「雷麗って……あの姫様だろ?……友達?」
苦笑まじりに揶揄う梓雨にこちらも苦笑を漏らす。彼には、私が宮を追い出された意地悪な元王妃候補と言うことを話してあったためだ。確かに私は近しい人々に嫌われる事をしたが、外交や政務に関しては話は別だ。長きに渡る教育は、意識をしなくても私を完璧な未来の王妃にしてくれていた。丁寧な所作は指先まで行き届き、表情ひとつとっても決して隙は見せない。表面上は有効な関係を保つため相手のどんな態度にも柔軟な姿勢を見せてきた。また、馬鹿な元婚約者に代わり国のため、あらゆる政策の基礎を作ってきた。だからこそ、きっと凛が何かをしなくてもこの国はとっくに崩壊していたと思う。久しぶりの宮は所々侍女の仕事の粗が目立ち、置かれている調度品の手入れもおざなりだった。多分、予算を別に使い込んでそこまで手が回らなかったのだろう。王は無駄な政策に金を費やし、姉は贅のためにそれを費やした。父だって、王妃の父親としての立場を利用して着服したに違いない。それはいつしか宮で働く者たちに不満や疑念の種を植え付け、芽吹き始めていたのだろう。凛が怖かったにしても、寝返るのが早すぎるとは思っていたがそう言う事なのだ。
「“あの姫”だけど、国民の事を蔑ろにしたことは一度も無いわ」
「別に、責めるわけじゃ無いさ。ただ……噂はやっぱり噂なんだなって」
私の言葉に梓雨は肩を竦めた。だから私も怒っていないと伝えるために笑う。
はしたないと怒られてきた声を上げた笑い方。けれど、今の私はもう自分の意思で行動することを許された身だ。もちろん、状況にもよるけど……。昔よりはずっと自由。
「随分楽しそうな声だね」
突然聞こえた声にぎょっとして周りを見る。笑っていた梓雨も口を閉じて辺りを見回していた。けれども私たちが乗っている馬車は広く無いし閉じられている。探すところもない。そんな私達をどこで見ているのか愉快そうに笑う凛の声が響いた。
「僕の力を侮りすぎだよ」
左を見れば、凛がクッションと呼ぶ綿袋が動いていた。梓雨は天にしがみつき、天はクッションを凝視していた。
——まさか。脳裏によぎった可能性に頭を振る。流石の凛もまさか物になるはずがない。私の思い過ごしだ。
「そんな雷麗も可愛いね」
次の瞬間、そこには凛がいた。紛うことなき凛だ。
「梓雨、コレ追い出すから手伝って」
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