天と梓雨
「王妃様、この者たちが話があると申しておりますが……」
執務室で書を読み漁っていると、侍女に声をかけられる。見ればそこには天と梓雨が小綺麗な身なりで立っていた。その表情は決して明るいとは言えないけれど。
「分かったわ。貴方はもう下がりなさい」
侍女は丁寧に頭を下げると、執務室の扉を閉め出て行った。どこか緊張した面持ちで入り口の前に立つ二人に奥へ入るように指示をする。
「そこに座ってちょうだい」
部屋の右側に置かれた椅子に座るよう言うと、私は区切りの良いところまで読み進め書を置き、二人の前の椅子に腰かける。
「二人が来たのは宙の事よね?」
二人は私の言葉に頷く。
凛とマーサの事よりも、今は宙の方が大事だ。そう自分に言い聞かせる。そして、侍女に茶と菓子を持ってくるよう命じれば、扉の向こうの気配は消えた。
「本来私も忙しい身分だけれど、幸い今は全て凛がこなしてくれているわ。彼の力を借りるのは当分難しいけれど、ひとまず私達で話し合いましょう」
本来王妃である私は凛と共に街を見てまわったり、有力貴族への挨拶や牽制に出なくてはならない筈だが、そう言った話は一切上がらない。凛の仕事が済んでいないのか、はたまた誰かが私の代わりをこなしているのか……。どちらにせよ宙のことを思えば自分には都合が良かった。
「宙を助けられる…のですか?」
「あら、無理して敬語なんて使わないで良いのよ」
誰に仕込まれたのか辿々しい言葉は可愛らしいものの今は時間がもったいない。梓雨は少し難しい顔をしたけど、確かに頷いた。
「……楊家についての記述が本当に少ないの。跡取りの問題だし、正直話し合いで解決するかと言われれば、難しいと思うわ」
私の言葉に二人の顔は曇った。話し合いではないと言うことは武力行使を意味する。それはつまり戦争だ。この国はもうここ何十年と平和ではあるものの、その悲惨さを語る生き証人はまだ少なくないため、そこまで事が大きくなるのはと、躊躇ってしまうのもわかる。尤も、彼らが躊躇う理由は戦争で傷ついた者の怒りの矛先が、宙へ向かう可能性を考えての事だろうけど。
私だってそこまで無謀なことはしたくない。当然それは最後の手段だ。まずは楊家についての知識を深める事、そして、相手の懐に潜り込む機会を絶対に逃さない事。
「天、貴方がもし楊家について知っていることがあれば教えて欲しいの」
「……僕、あまりよく覚えていなんだ」
溜まった空気を吐き出すように天は言った。今にも泣き出しそうなその瞳には悔しさが見えた。
「姉さんと違って、僕はずっと真っ暗な塔の一番上で閉じ込められてた」
思い出すのも辛い記憶なのだろう。じわりと噴き出す汗に、私は天を止めた。
「無理しなくて良いのよ。何も覚えていないのなら仕方ないわ」
天からの微かな情報でさえ、今の私達には必要。けれど、今の天にそれを強いるのは難しい。まだ全ての書に目を通したわけでも無いのだから、そこに僅かな手がかりを探せば良い。それでもダメなら……私が直接楊家に行けばいい。挨拶と言う名目さえあれば、相手も無碍にはできないだろう。
ふと、天と梓雨を見れば二人は不安そうに私を見ていた。少しでも負担を減らせればと微笑めば、二人は視線を外す。いけない。私が弱気になれば二人の不安を煽るだけ。もう王妃なのだ、気丈に振る舞わなければ。
ここを離れて数年、どうやら鈍っていたようだ。
「さっそく、今日の夜にでも凛と話してみるわ」
楊家との挨拶をするにせよ、これまで良好な関係を保ってきた張や丁を蔑ろにはできない。まずはこの二国から手紙を送らなければ。突然降って湧いた仕事に頭が痛くなる。
……元々すべき仕事、今はその機会を得られたと前向きに捉えよう。
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