朝の支度

「おはようございます、王妃様」


 朝起きると、隣で眠っていたはずの凛の姿は無く、代わりに見たことのない女達が部屋の入り口に控えていた。


 ……いや、よく見れば知った顔もちらほらある。私がここを追われた後、嘲笑っていたであろう女達。その青ざめた顔に、胸に広がる感情は虚しさだった。

 ため息を溢し、彼女たち一人一人の顔を見る。すると奥からはよく知った二人が現れた。


「昨夜はよくお休みになられましたか?」


 嫋やかな笑みを携えたリーチェは相変わらずの様だ。背後にはマネも控えている。

 二人はこの国の礼節を既に学んだのか、とても丁寧な挨拶をして見せた。当然それは支えるべき相手にする上で手本とでも言うべき所作。姿勢も、頭を下げる角度も、全てが教科書通りの動きであるが、それがごく自然に行われるとこれほど美しく見えるものなのかと感心するほどだった。


「ええ。あの……凛は?」


 あの山奥では食料調達など仕事もあっただろうが、彼が王になったからと、すぐに仕事があるとも思えない。いや、あるにしても彼が朝早く起きそれに向かうだろうか?そもそも、凛にできるのだろうか?彼が治めたのはせいぜい李族くらいの筈だが。

 答えを聞かなければ分かりっこない問いが脳を駆け巡り、私はどうやら百面相をしていたらしい。

 リーチェは笑みを溢し、そんな私の様子を見て楽しんでいた。


「陛下はただいま執務室にて公務を行なっております」


 執務室?公務?失礼だとはわかっているが、あまりにも理解の追いつかない言葉に固まる。そもそも彼に書類仕事などできるのだろうか。こう言ってはなんだが、凛はその点においては素人同然だと言うのに。

 そんな私に、今度はマネが笑ってみせる。

 けれども、その後ろに控える他の女たちは青ざめている様だった。中でも特に顔色が悪いのは、見知った者たちだ。なまじ私に仕えたことがある分、私の傲慢で横暴な顔を知っているからだろう。主人である私を笑うなんて、以前では考えられなかった行為だ。

 ——しかし、既に私は心を入れ替えた。目下の者であればある程度の叱責はあれど、友人となったら話は全く変わってくる。大切な存在を傷つける様な事は流石の私ももうしない。


「それじゃあ、凛を邪魔してはいけないわね。とりあえず今日は書庫にでも行きましょう」


 私の言葉に、リーチェやマネの後ろに控えていた女達が私の支度を始める。服を変え、髪を梳き、どこへ出しても恥ずかしくない様に。


「本当に、雷麗様は何を着てもお似合いです」


 ここ何年も着ることのなかった貴族の衣装は、かつて感じていた以上に重みがあった。

 私がいた頃とは多少流行が違うらしい。今までは大味な刺繍が一般的だったが、今は繊細な柄のようだ。

 時の流れが布切れ一枚からも伝わってくる。


「さ、行きましょうか」


「はい、雷麗様」

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