訪問

 この村へ来て早一週間。今まで身の回りのことをすべて他人に委ねていた私は、村での仕事に身構えていたのだが、拍子抜けしてしまうくらい何もすることがない。

 明け方に狩りや釣りだと出かけていくリンを見送ってから、一日目はリーチェ・フェウ・マーサ、マネの四人とお茶をした。けれど会ったばかりの私と、生まれてからずっと過ごしてきた四人ではどうしたって壁があり、気まずいまま終了した。

 二日目からは各家に訪問して挨拶をしたが、どこかよそよそしく、場合によっては無遠慮な鋭い視線をぶつけてくる少女もいた。やはり私には居場所が無いように思えた。

 そうして気づけば一週間。ろくに大した関わりもないまま今に至る。皆私を邪険にしているわけでは無いが、接し方がわからないようで一定以上踏み込めない。当然何か言いつけられることもないので幸か不幸か仕事なんかも無かった。


「私から話しかけに行かなきゃだめよね」


 もしかしたら都での私の性格がここまで轟いていてみんな警戒しているのかもしれない。はっきり言ってこれ以上あの何とも言えない薄ら笑いみたいな顔を見るのはごめんだ。となれば、私から行動を起こすのが最も手っ取り早いだろう。

 思い立ったが吉日とばかりに、私は早速初日に世話を焼いてくれたマネの家に向かった。

 ――マネの家は食堂とは反対側に並んでいる家の一番手前にある。この村の家は、確かにこのあたりの材料で作られているのはわかるが組み方が独特で面白い。

 門のような枠を潜って舗装された道を進めばマネの家の戸口が見えてきた。マネの家の戸口は綺麗な青に塗られている。


「すいません」


 軽く戸を叩いて声をかけると、室内からドタドタと慌ただしい音が聞こえ、それが止んだと思えば、すごい勢いで人が飛び出してきた。


「ハイなんでございましょう‼」


 その人物は髪をすべてひとまとめに結び、肩には布をかけている。顔は煤で少し汚れていて汗の臭いも少し離れているのによくわかる。はっきり言って下級貴族の家の使用人のような身なりだった。


「あの、マネさんはいっらしゃいますか?」


「マネですか?少々お待ちください」


 そういうと、彼女は奥へと消えて行った。やがてそう経たずに今度はマネが飛び出してくる。とても驚いたように目を丸くして、一体なぜと言いたげに私の全身を見回す。


「突然ごめんなさい、お話がしたくて……今いいかしら?」


リン様は?」


「え?……彼は今朝早くに狩りへ出かけたけど」


 マネは私の言葉を聞くとすぐさま私の手首を掴んで一番奥の部屋へと通した。ぶつぶつとつぶやく彼女はどこか様子がおかしい。今まで私の前でぎこちなく笑うことはあったが、こんな風に取り乱したことなど一度もなかった。突然来たのは間違いだっただろうかと、心配になる。


「大丈夫?……迷惑だったかしら」


 突然の訪問だったのだから、迷惑であってもおかしくはない。彼女の反応は王家の人間が抜き打ちの視察に来た時の貴族の反応にどこか似ている。そこからも、なんとなく彼女の私に対する評価が見えてくる気がした。当然悪い意味で。


「迷惑ではないです」


 そう言ってくれたマネの目は真剣だった。よく見ると青みがかった濃紺の瞳と目が合い、ドキリとする。けれどもすぐに外された視線は、私がまだ知らない戸惑いも見えた。


「あの、凛様は雷麗レイリー様がここへいらしていることをご存じないんですよね?」


「ええ、言ってきた方がよかったかしら?」


「とんでもない!あ、いえ大丈夫です。大丈夫……」


 やはり様子がおかしい。来ない方がよかっただろうか。


「突然ごめんなさい、私やっぱり帰るわ。ありがとう」


 せめて嫌味にならないようにと幼少期から血のにじむ思いで身に着けた申し訳なさ漂う自然な笑みを張り付けて立ち上がる。この特技がこんな形で役立つなんて思わなかったけど。マネに背を向けると、マネの手が私の手首に触れて、私は振り返った。


「申し訳ございません!迷惑などではないのです。無礼をお許しください」


 必死に頭を下げる彼女が何を恐れているのかはわからないが、私にはそんな意図は一切ない。彼女の頭を撫でようと手を伸ばす。が、直前で思い直してその手を肩に置いた。突然頭を撫でられて嬉しい人間なんていないだろうから。


「……顔を上げてください。マネ様が何を考えているのか私にはわかりませんが、少なくとも怯える必要はありません」


 顔を上げた彼女の目をじっと見つめる。やはり何かに怯えているようだ。けれども、今の私と彼女の関係では問いただしても話してはくれないだろう。


「今日はただゆっくりマネさんとお話がしたくて来たの。お友達になりたくて」


 自然な微笑を浮かべ、すぐ目の前に座り、先ほどよりも距離を縮めた呼び方をする。自分に対して怯えている相手への模範解答的動作だ。などという打算が何処かへ飛んでいくほど自分自身の言葉に自分で驚く。

 友達になりたいなんて生まれて初めて行った言葉に我ながら顔から火が出そうだ。一方マネの方はそんな私の言葉に目を瞬いて意味を飲み込もうとしているようだった。


「は、はい私でよろしければ……ぜひ!」


 ずっと動くことのなかった重たい口角が自然にきゅっと上がったマネの顔は見とれるほど美しい。やっと私を見てくれたような気がする。

 改めてマネの前の座布団に座りなおすと、見計らったように入り口で会った女性がお茶を出してくれた。


「ありがとうございます」

「ありがとうございます、母様」


 その一言が今日一番の衝撃だったと言えよう。

 各家への訪問の際に見た彼女は小綺麗で今目の前にいる女性とは繋がらない。驚いてマネと女性を交互に見る私に当の本人は豪快に笑って見せる。


「あのお方が連れてきた子だったからどんな子かと思えばとてもいい子じゃないか。雷麗様、マネは表情が乏しくてどうしてもとっつきにくいかもしれませんが仲良くしてあげてください」


「はい。こちらこそ、マネさんのような素敵な方とお友達になれて嬉しく思います」


 お互いに頭を下げるとマネの母親は部屋を出て行った。よく見ればその動き一つにも彼女がしっかりと礼儀作法を学んでいる形跡が見られる。思い返してみれば、やはり親子だからだろう。私を出迎えた時の反応は全く同じだった。

 マネを見て思い出して小さく笑えば不思議そうに首を傾げる。


「どうかされましたか?」


「いいえ。ただ、素敵なお母様だなと思っただけですわ」


 私の言葉にマネは本当に嬉しそうに笑った。それを見て私もうれしくなる。

 マネは本当に家族を大切に思っているらしい。

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