衝突

「そう言えば、リンはもう狩に行ってしまったのかしら」


 薬を仕分けしつつふと凛の姿が過ぎる。

 昨日マネを治療してから姿が見えない彼。直接お礼をしたいが、帰ってくるまで待つしかないのだろうか。


「凛様なら裏手の井戸よ」


 思い掛けない返事に戸口の方を見ると、二人の少女が立っていた。

 一人は黄色い差し色の入った着物を着ているフェウ。

 もう一人は緑の髪飾りを差しているマーサ。

 マーサはともかくとして、フェウの態度は私を責めているようだった。


「そう、教えてくれてありがとう」


 理由はわからないが、波風立たぬため、と気付かぬフリをして私は家を出た。そして、マーサの家の裏手にある井戸へと向かう。マーサの家の前には人集りがが出来ていた。皆んな祈るように膝をつき天を仰ぐ。私はその横を通り過ぎて凛の元へ急いだ。

 ——刹那、誰かの手が伸びてきて私を止めた。振り返れば皴の深い老人が、私の腕を掴んで離さない。


「何をするつもりだ」


「凛の元へ行きたいのです」


「ならぬ!」


 ピシャリと言い放たれ、私は何か言い返したいのに頭が真っ白でうまく話せない。そんな私に老人は畳み掛けてくる。


「誰がなんと言おうと私はお前のことなど認めない!凛様の妻にふさわしいのは孫のフェウだ‼︎」


 どうやら彼はフェウの祖父らしい。言われてみれば、何となく面影はある。


「そう、仰られましてもそれを決めるのは凛です。貴方でも私でもありません」


 今はとにかく凛の元へ急ぎたかった。みんなの様子を見て、凛に何かあったのではと、胸の内がざわつく。

 しかし、私の反応に気を悪くしたフェウの祖父は、私の腕を握る手に力を込め、反対の手を振りかぶった。叩かれる!反射的に目を固く閉じたがいつまで経っても痛みはない。


「生意気な事を————凛様!」


 彼の言葉に振り向くと、少しやつれたような凛がこちらを睨み付けていた。その視線にその場にいた全ての人が動けない。


「ランス、その手を離せ」


 ランスと呼ばれたフェウの祖父は凛の言葉に悔しそうに手を離した。

 手が解かれると、私は凛に駆け寄る。


「どうなさったのですか?酷い汗……顔色も悪いわ」


雷麗レイリー、何も心配ないよ。……家に帰ろう」


 彼の様子ではとてもじゃないが、家までなんて持ちそうにない。


「ダメよ。こんなに酷い様子だもの……」


「でしたらうちをお使いください」


 そう声をあげたのはランスだった。彼が打算からそう言ったのは分かる。が、それとは関係なく、当然彼の家までだって持つはずがない。

 その事実を告げれば彼は顔を真っ赤にして私を怒鳴る。


「いい加減にしろ!私の妻をこれ以上侮辱するなら私が黙っていないぞ」


 凛にここまで言われては流石のランスももう何も言えないようで、小さくなってぶつぶつと呟いている。まるで親に叱られた子供のようで奇妙な光景だった。


「あの、マーサの家の方ですよね。すいませんが、部屋と布団を貸していただけませんか?」


 ここから一番近いのは当然マーサの家だ。であればマーサの家に運ぶのが自然だろう。

 しかしマーサの家の人々は皆んなかおをみあせて見合わせてから、ランスの顔色を伺うように見る。ランスはその様子に私を見て鼻で笑った。


「あなた方にとって、凛の命よりもランスの機嫌の方が大切だと言う事ですか?!」


 私が大声で詰め寄れば、気の弱そうなマーサの家の人々が判断しきれずに身動きが取れなくなっている。“板挟みな自分達”にでも酔っているように。


「今すぐ凛様を家の中に運びなさい!」


 どうしようもないこの状況で、それはまるで鶴の一声のように場を一転させた。その声はそのまま動かずにいる一人一人に的確に指示を出していく。


「なんで、貴方が……」


 そこに現れたのは、フェウでもマーサでもなく、リーチェだった。

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