佳人
まだ、私は心のどこかで線引きをしてしまっているのだろうか?
真っ暗闇の中で私は誰かいないかと呼びかける。しかし、どれだけ頑張っても声は出ず、独りぼっちで彷徨い歩く。
しばらく闇雲に進んでいると何かが見えた。それは近づくことで背中だと分かり更に相手が
いつもと違う長い髪、肌は白くそれでも瞳は変わらず月のように輝いている。
私は安堵から思わず抱きつこうとするが、何故か見えない壁によって阻まれる。凛は私に気づかないまま誰かに楽しそうに語りかけていた。気付いてと壁を叩くが向こう側には何も響いていないのか気づいてもらえない。
ふと、凛の向こうの人物がこちらを見て笑っていた。それはとても綺麗な男の人。凛よりも更に日に焼けたような肌、短く切りそろえられた髪、見たこともない服を着ている彼は直感でこの世界の人間ではないと悟った。
「行かないで‼︎」
このまま彼があの男に連れ去られてしまうと直感的に感じて私は声の限りに叫ぶ。しかしどんなに必死に叫んでも向こう側には届かない。何度も叫ぶたびに呼吸が苦しくなり声が出なくなっていく。
「お願い……気づいてよ」
今までよりずっと小さな声に、凛は振り返って私を見た。そして、私の手を取り微笑み言った。
「*******、*********。***、******————」
彼はそのまま行ってしまった。振り返る事なく。
ゆっくり目を開くと、まだ夜は明けていなかった。それでも、もう一度眠る気にはなれなくて、私は浮かぶ月を眺める事にした。
「まるで、月の向こうに住む天女のような姿だったわ」
何故か忘れることのできないあの姿。でも、今思えば凛では無いような気もする。それよりも、もっと別の誰かに似ているような…………。
「ん……眠れないの?」
「起こしちゃった?」
眠そうに目を擦る彼は月明かりに照らされると肌が幾分白く見える。やはり、あの人物は凛だろう。金色に光る瞳に見つめられ、彼を思い出していた。
「
「えっ……凛の事よ?」
凛の質問に急に後ろめたくなって視線を逸らす。何故だろう、あの人は凛なのに。
「それならいいけど……。眠れないのなら夜の散歩でも行く?」
「だめよ、宿屋の主人も言っていたでしょう。治安が悪いから夜は出歩くなって」
外からの人間が多い街はどうしたって盗人や強盗が増えてしまう。この街だけの話ではない。李族の村は平和だったけど、それも閉鎖的だからこそ。村と同じようには行かない。
「僕がいるんだから心配いらないのに」
ツンと唇を尖らせる彼が可愛くて笑みがこぼれる。
「いいの。こうして月を眺めるだけでも私は幸せだわ」
「……“月が綺麗ですね”」
「え?」
「遠い昔誰かが言った愛の告白だよ」
「面白い言い回しね」
けれど、確かにこんな美しい月を見ているとそんな言葉が出てくるのもわかる気がした。
二人きりで特に大した言葉を交わすでもない穏やかな時間はそれだけで想いが通じているようで、私は嬉しかった。凛も同じ気持ちでいてくれているのか、時折目が合うと微笑を浮かべる。
そうして夜も更けて、私たちは支度を始めた。
この街を出るのは太陽がもう少し上に来てから。それまでの間、
「それでは私達は先に参ります。お二人はどうぞごゆっくり」
朝、代表してリーチェが私たちに伝えに来てくれた。
「くれぐれも道中は気をつけてね」
「はい。雷麗様も、凛様にはお気をつけくださいね、それでは」
皆の乗った馬車が遠くへと消えていくのを見届けると私たちは二人の家に向かった。
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