4. 「有意差」に統計以上の意味を持たせる

B:男子は女子よりも数学の点数が有意に高いので、男子は女子よりも数学的能力に優れる。


 荒唐無稽な例があまり意味を持たなくなってきたので、いきなりありがちな例を持ってきた。一見、Bの主張は妥当そうである。

 だが、男子と女子の点数の差が、50点と48点のように、100点満点中2点しかなかったとすればどうだろうか。


 Bのデータによれば、確かに有意差はある。だが2点である。ここにどれほどの意味があるだろうか。いや、ないだろう。何かの拍子に埋まってしまう程度の差である。

 ここから、あたかも男女で数学能力に重大な差があるかのような結論を導くのは無理がある。


 これが、前の節で軽く触れた、有意差を重大な差と混同する誤りである。有意差はあくまで「偶然以上の差」という意味でしかない。その差の重大性や社会的意味を裏付けるものではない。


 そもそも、どの程度の差に意味があるのかというのは、分野や社会的背景によって大きく異なる。例えば同じ「100m走の1秒」でも、これが世界陸上の決勝であれば重大な1秒である。なにせ0.1秒を縮めるのに必死な世界だ。だが、クラスで最も足の遅い生徒の1秒なら、ちょっと練習しただけであっという間に縮むだろう。元々のタイムが遅いなら改善の余地は大きい。


 有意差を重大な差と読み違える誤謬は、実のところ研究者にもよくあると指摘されている。そのため、近年の心理学論文では有意だったかどうかだけではなく、「効果量」と呼ばれる数値を書くことが推奨されている。これは、差の重大性を示すための数値である。


 もっとも、効果量をつかったところで、その差が社会的に意味のあるものか判断するのは困難である。誠実な議論をしようと思えば、どうしても「差の意味」にはある程度保留をつけて論じるほかない。


 詭弁屋は誠実な議論と無縁であるため、不誠実に断言できる。彼らが統計を知らない証拠でもある。

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