10. 批判対象の透明化

A:猫にあのような芸をさせるのは動物虐待だ。

B:虐待だというのは、一生懸命やっている猫が可哀想だ。


 この例はあまりにも馬鹿げていてわかりやすいだろう。だがこうするともう少しありがちな、というか私が実際に見た例になる。


A:意味もなく胸を強調する広告は女性に対する性的搾取である。

B:胸の大きなモデルは広告に出るなということか。


 両方の例で、Aが批判しているのは猫やモデルではない。猫に芸をさせる調教師や、広告のデザインを決定した代理店である。つまり、A→猫という関係ではなく、A→調教師→猫という関係があり、Aの矛先は猫に向いている。


 しかし、Bはそのような「本来の批判対象」を消し去り、Aと猫やモデルが対立しているかのような虚構の関係を作り出す。もちろん、ただ芸をしたり広告に出たりしただけで批判されるというのは受け入れにくいので、このような虚構の関係において、芸をしただけの猫や広告に出ただけのモデルを批判するAは圧倒的に悪者となるのである。それこそが詭弁屋の狙いである。


 この事例は批判対象が第三者ではなく自分であるときにも応用可能である。詭弁屋の基本戦術が議論の引き延ばしにあると考えれば、自らの非を認めないために、こちらの方が頻繁に活用されるかもしれない。


A:あなたはCがこう証言したというが、それは嘘だ。実際には言っていない。

B:Aは根拠もなくCが嘘をついたと中傷している。


 もちろん、この例ではCが本当に嘘を言っている場合もある。が、ここでは証言が曲解されたとか、そもそもCの証言が「Bによる捏造」だったということを想定している。


 つまり、この例で批判されているのはB自身の論理的不誠実さである。だが、Bは自らの非を認めないために、Cを矢面に立たせA対Cという虚構の構図を作り出している。


 この構図がBにとって都合がいいのは、AとCのどちらが勝っても自分には損がないという点である。本来であればCを曲解なり捏造なりしたBの非が問われているのだが、その点を曖昧にしたまま非難から逃れることができるのである。

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