下準備その2 議論相手を「慎重に」決める

 さて、支持者を手に入れた詭弁屋が次にやることといえば、当然「議論」の相手探しである。

 これは存外、注意を要する作業である。


 というのも、例えばここで自身と同じ詭弁屋を相手として引き当てたら最悪だからである。同じ手段を使う相手との千日手ほど碌なものはない。第一、詭弁の技術は論理的にも人間的にも妥当な相手を想定したものであり、詭弁屋に通用するものではない。皮肉なことだが。


 最悪の場合、せっかく集めた支持者が向こうの詭弁屋も信奉しているという可能性すらある。支持者のコミュニティはゆるやかであり、別段信奉する詭弁屋が一人でなければいけないという決まりもない。こうなると、一日の長によって逆に支持者を巻き取られる危険性がある。


 前述のように、「議論」の目的は勝って承認を得ることである。格闘漫画の主人公ではないのだから、わざわざ面倒な相手と戦う理由はない。勝ちやすい相手と戦えばいいのである。俺より強い相手など厄介なだけだ。


 では、詭弁屋は何を基準に相手を選ぶのだろうが。

 目的が承認を得ることである以上、最も気を付けなければならないのは、その主張をすることで周りから理解されるかどうかである。例えば、ヴィーガニズムを訴えても、この日本で響く人はごく少数だろう。


 また、倒すことで支持者に爽快感を与える相手である必要もある。一見強大な敵を倒したという物語を提供するほうが、支持者がついてきやすいからだ。この辺は脚本の書き方に似ている。


 支持者から受け入れられやすく、かつ強大な敵を倒したというポーズをとりやすい。こういう条件におあつらえ向きな相手がいる。

 この相手を一言で言い表すならば、「人権派」である。


 より細分化すれば、ヒューマニスト、リベラリスト、フェミニスト、エコロジスト、最近ではヴィーガンあたりも入るだろう。並べてみれば、ネットで叩かれやすい属性大集結といった調子だが、叩かれやすい一因は詭弁屋の標的になりやすいというところにもあるのだろう。


 まず思想面だが、実は人権主義や平等主義というのは、結構意識しないと受け入れることができない思想である。人類皆平等とは言うものの、見た目も来歴も違う存在が「同じ」という矛盾めいた理解は、ぼんやり生きていると成立しない。


 反面、この対極にある差別主義は極めて「わかりやすい」。見た目が違えば存在としても違うという、素朴に正しそうなところから出発するものだからである。人間の判断がデフォルトではバイアスのかかったものであるという社会心理学の知見もこの理解を後押ししてくれる。


 ましてや、詭弁はそもそも、漠然と属人的に主張の真偽を信じるような人を巻き取るための技術である。相性がいいのは圧倒的に差別主義の方であろう。詭弁をコロッと信じてしまうような漠然とした判断をする人は、差別にもコロッと転がりやすいのは道理である。


 もちろん、詭弁屋も表向きは差別がだめだという規範に反さないようにする。ゆえに「ヘイトスピーチはどうかと思うが、それも表現の自由だ」といった言い方をするのである。


 また、「人権派」と呼ばれる人々の多くは「インテリ」と見なされやすい立場にあることが、「強大な敵を倒したという物語」にとって実に都合よく作用する。


 たいていの場合、詭弁屋は何の学術的訓練も受けていないものだが(時折何らかの専門家なのに詭弁を弄する救いようのない者もいるが)、この高学歴インテリ対無学の素人という対立構造が、まるで強豪校を打ち倒す弱小チームのようなカタルシスを観客に与えてくれる。専門家が素人を言い負かすのは予定調和にすぎるが、その逆は意外性があり、またなんの専門性も持たないという詭弁屋と背景を同じくする支持者にとっては心地いいのである。


 ついでに言えば、特にフェミニストが象徴的だが、女性が多い、少なくともターゲットになりやすいという特徴もある。これは、ジェンダーステレオタイプにおいて、すでに「女性は感情的で非論理的である」という考えがすでに強固に共有されているので、詭弁屋がこれを利用する形で勝利宣言を発しやすいためである。


 つまり、詭弁屋は、支持者にとって受け入れられやすい思想と物語の面から、相手を選ぶことになる。


 もっとも、ここまでは、まるで詭弁屋が自発的に、かつ戦略的に議論の相手を選んだように書いたが、実態は異なり、むしろ彼らの立場から、つまり差別に親和的であるという立場から順当に相手を選んだ結果としてこうなったのではないかとも思う。


 というのも、詭弁を信じることと差別を肯定することが親和的である以上、詭弁を使うことともまた親和的であると考えるのが妥当であるからだ。非論理的で直感的な判断基準を持つ以上、多かれ少なかれ差別に接近する。そうなれば、当人は自身の主張に基づいて相手を選んでいても、結局は「人権派」を主要な相手として選ぶことになる。


 どちらにせよ、碌でもないことは確かである。

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