8. 不適切な比喩

A:動物を虐待する人を許すべきではない。

B:それは全人類に死ねと言っているようなものですね。人間は肉を食べて生きていますから。


 比喩という技法は、その物事の中心的な部分を誇張しつつ枝葉末節を排除することで、その物事の意味合いをわかりやすく強調することができるものである。適切な比喩の使用は主張が理解されるのを手助けする。


 だが、不適切に用いられるとどうなるだろうか。比喩の対象が相手の主張であれば、あたかも言っていないことを言ったかのように捏造し、相手を愚かで邪悪な人間であると印象操作することができる。


 この詭弁も、前に扱った粗雑な要約の仲間であるといえよう。相手の主張の本質的な部分を理解せず、ずらし、歪め、あるいは些末なところに注目することで話をこじらせ、相手の応答コストを引き上げることにもつながる。


 例を見てみよう。Aは動物虐待に対する怒りをあらわにしている。それをBが混ぜ返しているシーンだ。


 ここでBは、以前説明した詭弁を応用することで比喩を不適切な方向に導いている。まず、勝手に「虐待」の範囲を「肉食をすること」にまで拡大している(もちろん、屠殺を残酷な行為だと主張する人々もいるが、一般に肉食を虐待と表現することはない)。これは概念の無限拡大である。


 そして、「許すべきではない」を勝手に「死ね」に言い換えている。Aがどの程度憤りを感じているかは文章から定かではないが、少なくとも「死ね」と同程度だと判断できる証拠はない。これは最初に説明したニュアンスの無視である。


 例文が例文であるゆえにそもそも端的であり、比喩の必要性が元々存在しない点にも注目してほしい。比喩というのはあくまでわかりにくい物事をわかりやすくするため、あるいは何かを強調するためのものであって、初めから端的な主張に対して使うべき理由はない。


 にもかかわらず言い換えずにはいられないというのが、詭弁屋の特徴でもある。これは言い換えるという行為によって相手の主張を捻じ曲げると同時に、やり取りがあたかも成立しているかのように周囲を錯覚させる効果もある。もちろん、実際にはそうはなっていないのだが。


 だから、無駄に比喩らしきものが詭弁屋の口から出たときは気を付けなければならない。決まって、相手の主張の曲解を狙っているからだ。

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