前提2 誰が勝者かは聴衆が雰囲気で決める

 「議論」の目標が勝利宣言であることは分かった。通常の議論とは異なり、「議論」は論理性に依らない。故に、主張の優劣は論理という客観性に依って決定されない。では、どうしたら勝利宣言ができるようになるだろうか。


 勝利宣言の条件が何であるかという議論には、実のところ、前節で述べた「詭弁屋が承認を求める」という点が深くかかわってくる。


 承認される勝利を得る方法はひとつしかない。それは、周囲の人々から「彼が勝った」と思われる状態を作ることだ。いくら学術的、論理的に正しい議論を積み重ねたとしても、周囲から理解されないなら承認は得られない。そんな勝利は、詭弁屋にとって無価値に等しい。逆に、いくら論理的に崩壊した主張を発したとしても、周囲に承認されれば彼らにとってはそれでよいのである。


 では、どうやって「彼が勝った」と思われる状態を作り上げるのだろうか。

 その方法は主に3つある。


 1つ目は、自身の主張を「説得力がある」と思わせ、一方相手の主張を「説得力がない」と思わせることである。

 自身の主張が相手の主張よりも説得的であると思われなければ、さすがに勝利を承認されることはない。これは自明のことであろう。


 このようなことは通常の議論でも行われる。だが、「議論」では極めて不誠実な方法で行われることになる。その方法は、主に第2章から第4章までで扱う。それらの章で紹介する技術は、どれも相手の主張を無理筋な曲解で過小評価したり、自身の主張の欠点を覆い隠したりするために使用されるものである。


 2つ目の方法は、相手をうんざりさせ閉口させ、議論から遠ざけるものである。どういう理由であれ、相手が自ら議論を去ってくれれば、詭弁屋はこう主張できる。「相手は俺の主張に反論できなくなって逃げた!」と。


 もちろん、Twitterで相手をブロックしたからといって、詭弁屋の主張が相手よりも優れていることの証明にはなりえない。ただ話が通じず、ウザいだけだと見なされた可能性のほうが高い。だが、「議論」であればこの上ない勝利として扱われることとなる。


 このような不誠実な振る舞いは、主に第2章以降で解説される技術で実現される。それらの技術は、いかにも間抜けの振る舞いだが、誠実な人間は会話相手が間抜けであると突きつけられると、それ以上議論したくなくなるのである。


 このような不誠実な振る舞いが、周囲の承認を得るのに役立つという事実は一見奇妙に思えるかもしれない。

 だが、聴衆というのはえてして、想像以上に愚かなものである。これは別に、人々を馬鹿にしているわけではない。社会心理学の知見も明らかにしているように、人間とは一般的に、あまり深く考えず雰囲気で物事を判断する傾向がある。


 故に、聴衆は議論の中身をあまり精査しないまま、「勝っているっぽい人」を勝者とみなしてしまう傾向がある。詭弁屋はこれを悪用する。

 そこで、第3の方法が登場する。それは、常に自身が勝者のように振る舞うというものである。常に自身が相手をジャッジし、議論を主導し、すべてを支配するかのように振る舞う。実際はさておき、そういう雰囲気があるだけで、勝利を手繰り寄せることができるのだ。


 まとめると、詭弁屋は議論で勝つために以下のような方針で振る舞う。

・自身の主張の欠点を覆い隠す

・相手の主張がくだらないものであるかのよう扱う

・相手をうんざりさせる

・自身が勝者であるかのように振る舞う


 この後に説明する技術は、上に列挙したねらいではなく、方法そのものに焦点を当ててまとめている。ひとつの技術が複数のねらいに適合する場合も多いからである。特に最後のねらいは、全ての技術に当てはまるかもしれない。だが、全ての技術は、多かれ少なかれ、これらのねらいを果たすために使われるものであり、また議論の方針はこれらのねらいを果たすために方向づけられていると考えるべきである。

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