第32話 そして、全てを奪われた

 窓が風で震える音で目覚めた僕がまず思ったのは、体全体のだるさだった。

 重い…………まるで自分の体じゃないみたいだ……首すら動かしたくない……。

 

「レイジア君……!? 良かったっ、気が付いたのねっ! お姉ちゃん、凄く心配したんだよ!」

 

 僕の耳元でユリねえの心配そうな声が聞こえた。声の方に顔を動かすと、僕の看病をしてくれていたのか、ユリねぇの手には洗面器と濡れタオルがあった。

 

 看病されるほどに、僕は弱っていたのか?

 確か、何者かの鎌に体を斬られてそこから記憶が無い…………それよりも、確かあの時、あいつに狙われていてのは……!!


「ユリねぇ!! カナタは!? 僕と一緒に居た赤服の生徒は無事なのか!?」

「お、落ち着いてレイジア君! そのことも含めて、レイジア君が眠っていた間にあったことも話すから、ねっ!」


 体を起こした僕を宥めながら、ユリねぇはゆっくりと僕をベットに横にし、濡れタオルを僕の額に置いてくれる。


「まずは、あの赤服の子……カナタだっけ? その子がレイジア君をここまで運んで来てくれたのよ。ちょうど、私が家に帰って来た時に出会わせて、そこから事情を聞いて私がレイジア君を介抱してたわ」


 ということは、カナタは無事だったのか、よかった、本当によかった。

 

 しかし、でも、そうなると、あいつの目的はカナタではなく僕だったのか?

 

 カナタ自身が僕を運んで来るということは一人で僕を運ばざるをえなかったということだろう。もし、つまり、人が集まってきたから逃げたという線は無くなる訳だ。

 

 あそこの地域は、国の中でも極少数の脳力が一切使えない無脳力者住民の集まりだ。しかも裏手には、僕ら王族や貴族が生活をし、常に彼らが暴動を起こさないように監視下に置いている。


 そんな所で低能力者たちが《救世連盟》の活動はもちろん、騒ぎを起こしたり、ましてや人が集まろうとする訳がない。

 

 そこまでを考えてあの通り魔が僕たちを襲ったのならば、あいつはただの通り魔ではなく、何かしらの目的があったのかも知れない。


 たとえば、本来の目的がカナタではなく、裏生徒会の僕だったとか。

 

 地域の特長を理解した上での場の作り方、類稀なる戦闘技術、そしてなによりもあの謎の脳力を持っているならば僕を狙いに来てもおかしくない。


「でも良かった……。レイジア君、もうあれから三日間も寝たきりだったから。お姉ちゃん心配で心配で……」


 三日……? 三日も僕は眠りこけてたのか…………?

 改めて自分の意識が無かった時間を伝えられた僕はなんだか体のダルさを理解してさらに眠たくなってきた。

 僕がもう一度まぶたを閉じてゆっくりしようと考えていると、ユリねぇが僕の頭を撫でてきた。


「レイジア君に、伝えなきゃいけないことがあるの」


 撫でられるのが恥ずかしかった僕がユリねぇを止めようとしたが、その手はユリねぇの辛そうな顔を見て止まった。


「な、何だよユリねぇ」

「レイジア君の……脳力のお話。レイジア君はもう、脳力が、使えないの……」

「っ…………!?」


 ユリねぇの一言に僕は思わず声を失った。脳力が、無くなった? 僕の力が?


「詳しくは分からないの…………。でも、レイジア君が、ずっと、眠ったままだったから、お父さんに頼んで、王室直属のお医者様を呼んだの。そしたら、今のレイジア君の脳波が、最近よく見る患者さんの一例と同じで……だから、多分、レイジア君も脳力が使えなくなってるって…………」

 

「馬鹿なっ! そんな話、信じられる訳…………!」

 

 そこまで言って僕は、フォル君が報告してくれた『通り魔』の話を思い出した。

 第一区にで行動していること、そして、襲われた被害者のその後の症状、脳力が一切使えなくなることまで同じだった。

 

 試しに僕は、右手で脳力を使おうと試みる。

 本来ならば、右手から僕の精神力で肥大化した空気を飛ばすはずだった。

 だが、その右手からは何の変化も起こらず、僕は自分の体がまるで元からであったような錯覚を覚えた。


「そ……そんな……こんなことって……」

 

 僕は力なく右手をベットに落とし、同時にうな垂れた。もうこれ以上の絶望はないと言わんばかりに。


 そんな僕の様子を見てか、遠慮がちに目を伏せるユリねぇは、自分の爪が食い込むくらいに手を握り締めて、まるで覚悟を決めるように告げた。


「それだけじゃない……。レイジア君の今の王位継承権の順位は第三位。つまり、レイジア君は、王位継承権の証である『A』の名前を剥奪されたの」

 

 このガレアス王国の王族の王位継承権一位は代々、引き継がれてきたミドルネームの頭文字を名乗ることを義務付けられている。


 これは次に名を引き継ぐ代役を示すことと王族としての誇りを名前でも表すための役割もあり、もはや、この名が僕が今まで使ってきた権力という力と言っても過言ではない。

 つまり、その名を失った僕には、一国の王に突然の直談判すらできないどころか、救世連盟を守るためにしてきた様々な手回しもできなくなったということだった。


「でも……どうしてそんなことに……」

 

「今回、レイジア君が脳力を失い、同時に王族としての権限の全てを失ったことで、ガレアス王が新たな継承権第一位を決める会議を行ったの。そして、その会議の結果、一人の候補者に継承権第一位が授けられた」

「あぁ……あぁ……」


 いやだ、これ以上は聞きたくない。

 そう言おうした僕の口は無意味な言葉の羅列を生むだけで、ユリねぇは我がことのように苦々しく言った。


「……アドラ兄さん。今ではアドラ・A・ガレアスと名乗っている王位継承権一位のこの国の第一王子よ」


 それを聞いた瞬間、僕は自分の今までの努力が水の泡と化した。

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