第23話 赤服の校舎

『学園を乗っ取れ』


 そう言ったクライとの対話を終えた僕は、その後クライに言われた通りの行動を開始するため学園に戻ってきていた。


 すでに時間は放課後であったため、早めに帰宅しようとした数人の生徒たちと入れ替わりに学園に入った僕は、学園をサボったことに多少の気まずさを感じていた。


「……なぁ、本当に今日じゃなきゃ駄目なのか? 少し気まずいんだけど…………」


 僕が周りの生徒に聞こえない程度の小声でクライに話しかけると、クライはそれに呆れて答えた。


『当り前だ。何事も行動は早い方がいいに決まってる。何よりも、俺様は何事においても待つのは好きじゃない』

「ちっ……。それが本音か……」


 クライの性分にぶつくさと文句を垂れながら僕は豪華絢爛に磨き上げられた城壁のある白服生徒の校舎を横目に見つつ、その横にひっそりと立つボロボロの建物の前に立っていた。


『これが赤服生徒の校舎か。そりゃこんなにオンボロだったら文句の一つも言いたくなるわな』


 赤服の校舎を見たクライが納得するのを僕も内心同じように同意を示していた。


 基本的に僕が通っている聖アメリア学園は低脳力者も受け入れている国の中でも数少ない学園だ。


 だがその実体は、パンフレットとは違う明らかに劣った設備の校舎。赤服生徒用の教職員の人手不足などの問題を抱えている。これでは到底、低脳力者を教える学園とは言えない。


 それでも学園が低能力者を迎え受ける理由は、貴族や高位脳力者たちの身分を低脳力者たちに知らしめるためである。

 

 その証拠とも言えなくも無いが、僕が旧校舎の中を進む度にそこら中の欠陥が目に付いた。


 校舎自体もとても古いせいかドアは錆付き立て付けが悪くなっていたり、廊下から吹き抜ける冷たい風が僕の体を縮こませた。

 

 こんな環境でカナタが授業をしていると思うと、自然と拳を握る手に力が籠もる。そんな事を思って校舎を歩いていると廃れた教室が並ぶ中、唯一綺麗に清掃された『1-3組』と書かれた標識の教室に到着する。

 

 聞く耳を立てると、中からは授業が終わったにも関わらず多くの赤服の生徒たちの声が聞こえてきた。

 

 僕はその錆びだらけの扉の前で深呼吸すると、覚悟を決めるように力強くその扉を開いた。


 突然の来訪者に教室の視線は一気に入り口の僕の方へ向けられ、僕の姿を見た生徒たちが口々に騒ぎ出した。


 僕はそれらの声を気にも留めず教壇の上から教室内を見回す。

 

 すでに帰った生徒もいるためか、教室の中にいる赤服の生徒はざっと見で十二名ほど。その中には、僕と目を合わせぬようにさっと俯いたカナタの姿も見受けられた。


 改めて彼女の姿を見た僕は、なんと単純なことにある種の使命感に駆られ、先ほどから感じていた緊張などとっくに消え去った。


 緊張や不安が消え肩の力が抜けた僕は、ざわつく教室の空気を裂くようにハキハキ存在感を感じさせる声で赤服の生徒たちに向かって話し始める。


「こんにちわ。僕はレイジア・A・ガレアス。知らない人はいないと思うけど、この国の第二王子で王位継承権第一位の男だ。今回は君たち赤服の生徒――いや、《救世連盟》の人たちに頼みたいことがあって来ました」


 僕が間を空けた瞬間、まるで「お前には動揺していない」と言わんばかりに一人の男子生徒が勇んで前に出た。


「レイジア様。僕は一応この中で《救世連盟》の学園支部幹部をしている者です。王族であるあなた様が一体、僕たちのような矮小な低脳者に何をお望みでしょうか?」

 

 明らかな皮肉交じりの男子生徒の質問に僕の頭の中にクライのゲラゲラとした笑い声が木霊した。


『げはははははっっ!! こいつ、ガキのクセに肝っ玉が据わってやがるな!』


 それもそのはずだ。

 この生徒は昨日、カナタの服を毟り取ったガラの悪い白服生徒に唯一立ち向かって行った生徒だ。

 

 結局はクライが僕の体を使ってカナタを助けた訳だが、不利な戦いに挑む勇気のある人の肝が据わってない訳がない。


 だからこそ、彼が一番に僕に突っかかってくるのも容易に読めていた。


「そんなにご自分たちを卑下なさらないでください。この吐き気も催しそうな差別の中、仲間のために立ち向かっていく姿に昨日、僕は感銘を受けましたよ。フォル・リーベルト君」

「っっ…………!? な、なんで俺の名前を…………!?」

「いえ、そんな対した理由ではございません。これからお互いに助け合っていく仲間になる人の顔と名前を覚えることは当たり前のことではありませんか?」


 なんてのは嘘だ。


 元よりこの学校に入学した《救世連盟》のメンバーの名前は全て把握していただけの話だ。その数は、赤服クラスの生徒数と同じ三十二人。覚えるのは楽だったが、これを使おうと思ったのはつい先ほどクライのアドバイスを聞いてからだ。


 クライ曰く、高脳力者の王族の僕がいきなりクラスに行っても話なんか聞いては貰えないだろうとクライは言った。

 そこで『仕事仲間にしても友人にしても恋人にしても、まずは相手に自分が相手に興味があるのかをアピールすることから始まる。それだけでも印象は良いものに変わる』とクライに言われた。

 

 そしてその結果……僕に名前を呼ばれたフォル君は、明らかな嫌悪感を示してこちらに敵対するような身構え方を強めていた。


 その様子からクライの案が失敗に終わったのを見てとれた僕は、クライの拠り所であるグラナドラの柄を命一杯に爪で引っ搔いた。


『痛てぇな! 俺様の時代は名前なんてどうでもいい風習があったんだよ! だからそれを知ろうとするものは、少なからず自分たちに友好の意志があるっていう証だったんだよっ!』


 クライの時代錯誤な釈明に耳を貸さずに気を取り直し、僕にずっと胡乱げな目を向けるフォルにできるだけ人懐っこい笑顔を返した。


「……というのは建前でして。本当は学園長である母から学内生徒の名簿を借りていました。疑わせるようなことを言って申し訳ございません」

「…………それで、用件は何ですか? 俺たち赤服に頼るようなことなんてないでしょうよ」


 警戒を解かないフォルを真っ直ぐに捉えて、僕は本題に入った。


「今日こうして僕がここに来た目的とは、皆様の《救世連盟》の活動拠点として新たな生徒会裏生徒会を設立するためです」

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