第38話 略奪と送り人の鎌
「す、凄い…………あれがカナタの秘策」
僕が作ったあの資料を見て、ここまでの脳力を応用することが出来るなんて……やっぱり、カナタは凄い。
カナタはアドラを閉じ込めた『
「少し可哀想だけど、もしもってことがあるからね……。完璧に意識を失うまでは、その中にいてもらうよ」
アドラは先ほどよりもがく力も無くなって来ていた。完全に力が抜けると、とうとう水の中でその体を漂よわせるだけとなり、アドラは完全に気を失った。
完全なカナタの勝利。誰もがそう思った瞬間、それは起きた。
「へ…………? え、あ…………」
突如、『
想定外の出来事に状況が把握できない僕は、謎の悪寒に襲われ、咄嗟にカナタを見た。
「あっ……ぁ……あぁっ…………!!」
先ほどまで勝利を確信し、それでも集中を切らさぬよう万全の体勢でアドラに挑んでいたカナタ。
だが僕の視線の先に映るのは、まるで浜辺に打ち上げられた魚のように体を震わしながら、声にもならない声を上げて前のめりで倒れるカナタの姿だった。
「カナタっ!! カナタっ!! 返事をしてくれっ!! おいっ!!」
隠れていることも忘れ、何人の生徒に姿を見られても、僕はカナタに大声で呼びかける。
だが、それでもカナタは乾いたうわごとを言うだけで、もう僕の声が届いているのかも分からない。
とにかく、今すぐにでもこの試合を止めようとしたとき、窒息寸前だったとは思えないアドラの笑いが響いた。
「ひゃ、ひゃ、ひゃひゃひゃ……! ひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!! やああぁぁぁぁぁぁと転生できたぜぇぇぇ!! まったく、あんだけ色々と仕込んでやったのに手間掛けさせやがってよぉぉぉぅ……!!」
まるで人が変わったようにアドラは今もなお狂った声で笑う。ニヒルな表情、汚い口調、その全てが僕の知っているアドラとは別人だった。
そしていつの間にかアドラの手には一つの武器があり、僕はそれに見覚えがあった。
全身が漆黒に覆われた、直立約二メートル近くある巨大な鎌。
それは四日前、カナタと僕を襲い、僕の腹部を切り裂いた筈の通り魔が持っていた鎌だった。
(あれを持っているということは、通り魔の正体はアドラだったのか!)
目の前に突きつけられた衝撃の事実。だがクライは、僕とは違う事実に驚愕しているようだった。
『まさか…………何故、この時代にあれが……!?』
「あれが何か、分かるのかいっ!?」
僕の質問にクライは少し黙り込む。
顔が無いのでよくは分からないが、恐らく何か思案しているのだろう。
『…………あの鎌は、俺様の正妻にしてお前の先祖にあたる女、アメリアが所持していた武器で、《送り人の鎌》っていう世界に数種類しかない特有の性能を持った魔武器シリーズの一つだ。その性能はあの鎌で斬ろうとする『対象以外の遮蔽物の無効化』。恐らく、あいつはその性能を使って空間もろとも水球を切り裂き、空間が元に戻ろうとする衝撃で、小娘の技を突破したんだろう」
「なら、何でカナタは怪我をしていないのに倒れたんだよ? アドラの脳力が発動した様子はなかったじゃないかっ』
倒れ伏したカナタを指差して僕がそう問うと、クライは続けて種を明かす。
『脳力じゃない。奴が今使ったのは、俺様たち魔族の力、そして、アメリアの
「ちょ、ちょっと待てよ!! そもそもあれは君の時代の武器で、魔族だけの力だろっ! それがなんで僕たちの生きる時代の、しかも人間のアドラが使えるんだっ!?」
『そうじゃない……。あれは元から奴が持っていた力だとすると納得がいく』
「一体、なんの話しをしているんだ……?」
僕が問いただすと、クライはあくまで冷静に、推論を話し始める。
『俺様はずっと考えていた。何故、この世界の人間がここまで弱いのかを。そもそも人間が脳力を身につけるきっかけとは、魂を媒介にする魔族の異能に対して、もっとも対抗できる力が、自分たちの脳で想像できる範囲の力――つまり、脳のキャパシティだった』
「脳の…………キャパシティ…………。それが、君らの使う魂魄媒介に対抗するために必要だった…………」
そう聞くとクライは短くそれを肯定し、話を続ける。
『最初は、絶滅した魔族に対抗する必要がなくなったから、その分だけ人間が弱くなったと思った。だが、過去に魔族がいた歴史や『
クライは一度大きく息を吸うように言葉を区切り、そして言った。
『この時代には、俺様と同じ方法で転生した奴がいる』
「………………!!」
クライの答えに思わず僕は、一言も声を上げることができなかった。クライはさらに言葉を続ける。
『しかもこの時代が始まった当初から、この時代を生きている奴、もしくはその仲間だ。そいつらの誰かがアドラに転生、そして契約し、《送り人の鎌》と
今までに無い強い言葉でクライは言いきった。
もし、その話が本当だとして、この時代にもクライと同じ知識を持った奴が。
そいつがクライの時代でも数少ない強力な武器を持っていて、今、カナタの前にいるアドラの持っている鎌の中にいっていうのか。
「だが、どういう訳だか、あの《送り人の鎌》には、アメリアの魂は感じない。どうやらアメリアの力だけが、あの鎌に宿っているみたいだ」
「それって……あの中には君の奥さんじゃない奴が、君の奥さんと同じ力を使っているってことかい?」
「それはまだ分からん。俺様はアメリアや他の仲間と別れてからすぐに転生したからな。少なくとも、アメリアはあんな下品な笑い方はしないが、今は様子を見るしか――』
「んぅ~~? この手は何かな?」
クライが言い終える直前、アドラの怪訝な声がして、僕は校庭に視線を戻した。
「……………………!?」
そこには映ったのは、地べたを這いずって動いたカナタが、アドラの足を掴んでいる光景だった。
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