第39話 力の善悪
未知の攻撃を受け、心身ともに動くことも、ましてや気を保っていることすらできない。
それでも、カナタはまだ戦う意志を失っていなかった。
「おいおい。せっかくほっといてやろうと思ったのに……。何をしてるのかな~~ボロ雑巾ちゃん…………よっ!」
「がはっ……!」
アドラは、カナタに掴まれた足を力任せに振り払う。
そのまま足を振り上げたその勢いで、カナタの無防備な腹に重たい蹴りを何度も入れる。
『どうするよクソガキ? あのまま行けば小娘は死ぬぞ。早く助けに行けよ』
「む、無茶言うなよ!! 僕だって助けに行きたいさ! でも、今の僕は無脳なんだよ……そうだ! 前にクライが僕の体を乗っ取って白服の生徒たちを蹴散らしたように、今回もクライが僕の体を乗っ取って戦えば……!!」
『自分で言ってて気付かないのか? あれはお前の体を乗っ取る訳で魂まで俺様は干渉できない。だから、もし意図的に感情のトリガーを引いても、俺様はお前の言う無脳の状態であいつの前に出ることになるぞ』
「じゃあどうすればいいんだよっ!! このままカナタが殺される所を見ておけって言うのかよっ!」
『黙れ』
「っっっ………………………………!?」
たった一言で、僕の頭と肝が一気に冷やされた。これが魔王の威厳、それを納得させるほどの威圧感に、僕は従うように黙った。
『クソガキ……てめぇはいつまで他人に甘えているつもりなんだ? 力が無いから、無脳だから助けられないだ? ふざけんじゃねぇよっ!! 今まで力があったにも関わらず、理由を付けて逃げ続けたお前が言えた義理か!?』
「それは……! 僕にだって、事情が…………」
『言い訳してるんじゃねぇっっっ!!』
「っっ…………!?」
僕が言い返そうとすると、またもやクライの威圧に押された。
『いいか、よく覚えておけ。力がある奴が悪い訳じゃない。力を使わない奴が本当の悪なんだよ。どんなに綺麗事を並べようが、どんな理由があろうが、力を正しい場所や正しい時に使わない奴が一番性質が悪い。それが今のお前だ。お前には力があったはずだ。なのに、自分の女が犯されそうになっていようが俺に頼って傍観し、今だって黙って、俺様の話を聞いてるだけ。これでやっと救える? これでやっと一緒になれる? ……ふざけるな。たとえ身分が同じになろうが、小娘がお前ほど強くなろうが、お前がそのままなら、一生あの小娘と結ばれることはねぇよ!!』
「……………………」
僕は今度こそ言い返せなくなった。
分かってたさ。自分がただ臆病なだけだって。
でも…………なら、僕はどうすればいいんだ……?
今だって、カナタがアドラに蹴られても動こうともしない。こんな人でなしに一体、何ができるんだ。
「僕に出来ることなんて…………たかが知れてるよ…………」
『そんなことはない――と、あの女言ってたよな』
「っ!!」
僕はその言葉にもう一度顔を上げ、クライの声に耳を傾ける。
クライは、先ほど僕を威圧したとは思えないほどに、魔王の威厳を感じさせつつ落ち着いた声で、僕に語りかけてくる。
『あの女は、ずっと言っていたよな。お前は頑張ってきたと。だから、それを証明するために戦っていると。それを聞いてお前は救われたんじゃないのか?』
「そうだ…………」
四日前、
それなのに、カナタは、僕を抱き留めてくれた。励ましてくれた。認めてくれた。
(そうか。あの時に僕は……僕が戦ってきた五年間は救われたんだ)
なのに、僕はまだここにいる。
何も無いはずなのに、力が無いにも関わらず、勇敢に戦っていたカナタを見てなお、ここにいる。
僕は自嘲気味な笑いを浮かべて、自分を恥じた。
「ありがとう……クライ……僕は、本当にクソガキだったよ」
もう、迷うのはやめよう。立ち止まるのもやめよう。
僕に足りなかったのは、低脳でも、無脳でも持っている、勇気という一番強い力だけだった。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!」
僕は校舎を一気に駆け下り、野次馬たちの間を通り抜け、一直線にアドラの元へ走る。
新たな敵に気付いたアドラは、一瞬だけめんどくさそうに肩を落とし、腰を低くして武器を構えた。
今、アドラの体を乗っ取っている奴が使える力は二つ。
一つ目は、クライの妻で、僕のご先祖、アメリアの
二つ目は、あの《送り人の鎌》の性能の『対象以外の障害物の無効化』。
そしてその二つの能力は、どちらも僕を斬りつけることが発動条件だ。ならば――
(あいつが僕の懐に入った瞬間、グラナドラを投げつけて気を逸らして、カナタを助けるっ!!)
思惑通りにこちらに真っ直ぐ鎌を構えて走るアドラ。
あと少し、あと少しで、もう少し引き付けてからだ。
僕は一瞬たりともアドラから目離さず、腰のグラナドラの柄を掴む――瞬間、僕の腹がぱっくりと開き、鮮血が僕の目の前に吹き出た。
「ざ~~んねん。そんな簡単には行かないよ~~馬鹿なお・う・じ・さ・ま」
「な……ぁ……で…………ぇ?」
何で背後に……? そう言おうとする口からは血反吐が沸き、僕は自分の血でできた水たまりへと真っ直ぐ突っ込んだ。
「いや~~ご~~めんね。僕チンの
死に際だからか、良くアドラの声が聞こえてくる。
つまり《
本来、異次元へと収納している武器を召還する力。それはこちらの次元へただ武器を移動させるだけならば、武器を好きなところへと移動させ、そこへ自分も瞬時に移動できる力でもある。
それで彼は、《送り人の鎌》を僕の背後に召還し、それと一緒に移動したアドラが僕を背後から斬ったわけか。
クライも言っていた。《送り人の鎌》には、アメリアの力が宿っていると。
つまり、アドラは
もし、もっと早く行動していれば、もっと早く、クライから
だがそんな後悔で悔やみきれないなかでも、腹の痛みは僕をまどろみの沼へと引き込んでいく。それはまるで柔らかい毛布のように僕を包みこみ、その心地よさに僕は、この世から自分の魂が抜けて行く感覚に陥った。
(もう……良いよね…………)
最後に、やっと最後に、身分や力なんてものを無視して行動できたんだ、もう、悔いはない。
全身の感覚がなくなるなか、僕が意識を天に向けようとした。
その時、すぐ隣から僕のあだ名を呼び続ける声が聞こえた。
「レ、ィ…………レイ、く……んぅ……!! レイ、く……はぁはぁ……レ、イくんっ……!!」
辛うじて動く首を動かし顔を上げて目を開けると、そこには僕の顔に付いた血を自分の手で拭うカナタがいた。
その綺麗な赤茶の髪は泥と血で汚れ、服は地面を這った所為で無様に破け、下着が空気に触れていた。その姿からカナタがすでに満身創痍でいることは明らかだった。
カナタは、目の前で死にそうな僕を見て、目に涙を溜めて顔をぐしゃぐしゃにしていた。
それでもカナタは、無理やりにでも太陽のような笑顔を僕に向けてくれる。こんな時にでも、最後まで僕に心配をかけないようにするために。
嫌だ……死にたくない。
もう良いなんて少しも思わない。
何で僕たちがこんな目に遭わなくちゃいけない。
僕は……僕たちは、まだ何も成し遂げてないじゃないか。
だから、もう迷わない。
これ以上、後悔しないためにも。
なら最後まで足掻こう、これ以上、カナタが苦しまない世界にするためにも。
その時だった。突如、グラナドラがその刀身と同じ赤色に光り、クライの声が頭に響いた。
『少しは見直したぞ、クソガキ。今なら俺様と融合しても悪くないと思うくらいにな』
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