第40話 融合完了
次の瞬間、僕はまた自分の精神世界の中にいた。
あの時は体は動かなかったけど、今は意識も体の感覚もはっきりしている。
だから僕は、目の前に写っているものが何なのかはっきりと分かった。
囚われた僕と、その前に佇む黒い陽炎。あれは間違いなく僕とクライだ。
目の前の僕の反応を見る限り、これは僕が始めてこの精神世界に来たときの光景を、今度は第三者目線で見ているようだ。
『じゃあなクソガキ。無駄な人生だったな』
それは、クライが僕の体を乗っ取ろうとした時に言った言葉だ。
クライの陽炎の体がどんどんと僕に入っていく。きっと僕はこのままクライに体を乗っ取られて行くはずだったんだ。
――だが、そうはならなかった。
「ふざけるなああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」
乗っ取られまいと、僕がクライの陽炎に食いついたり、耳や鼻から入ってきた陽炎を引き抜いて抗っている。
あの時の僕は、ここで意識が途中で途絶えた。
どうやらこれは、僕が忘れた記憶の断片のようだ。
謎の存在が体に入ってくる痛み、自分が無くなっていく恐怖、それらの苦しみを一心に受けた僕は、滂沱の如く涙や鼻水を無様に撒き散らしていた。
それでも、これだけは言うという覚悟を込めて、僕は苦しみながらもクライの言葉を否定する。
「僕の人生は無駄なんかじゃない!! それどころかまだ始まってすらない!! ここで終わってしまったら、カナタは一体誰が守るんだっ!」
僕が叫ぶたびに真っ黒だった陽炎の身体に、白い亀裂が走っていく。その亀裂の進行を阻むように、陽炎は僕の口を塞ごうとするが、それでも僕は声を上げ続けた。
「もう、僕が……あの約束を……反故にした僕が、こんなことを思うのもおこがましいのかもしれない。でも……それでもっ!! 僕はカナタには笑っていて欲しい! お腹いっぱいであってほしい! 元気でいて欲しい! 幸せでいて欲しい! そうすることが僕の役目で、僕の幸せで……そして、僕の人生なんだっ。それをこんな訳の分からない奴なんかに横取りされてたまるかあああああぁぁぁぁぁっっっ!!」
そう言い切った瞬間、僕と僕を取り込もうとした陽炎は姿を消し、精神世界はまた黒一色になる。
(…………思い出した。あのときのこと全てを)
「俺様がお前を乗っ取れなかった理由。それは俺様の想像以上に、お前がカナタに対する愛が強かったからだ。その愛の大きさ、重さは、一度に俺様が乗っ取ることができないほどに大きかった。その所為で俺様は酷い目のあったぜ」
後ろを振り向くと、そこには黒い人影がいた。
顔も耳もないしっかりとした体立ちの人影。だが僕は、その異形の存在におぞましさを感じなかった。
たとえ姿形が変わっても、その声が頭ではなく直接耳に響いても、ここで会う奴はただ一人しかいない。
「姿が変わってるね、クライ」
「あぁ、おかげさまで俺様の復活も近くなったぜ、礼を言おう」
「復活が近くなったって? どういう意味?」
「まあ、時間が無いんだ。それはまた今度だ」
「後回しばっかりだよね、君って」
うるせぇよと言って、クライは言葉を続ける。
「とりあえず、今、俺様とお前の魂はこの場にて融合が完了している。外に行けば、お前は俺様の
「ああ、大丈夫だよ」
僕が軽く返事をするとクライの影はコクンッと頷く。
その姿は何故か嬉しそうに見えた。
「よぉし…………じゃあ行って来いっ!! 愛すべき我が子孫よ!! お前の生まれ変わった姿を見せる晴れ舞台にしてこい!!」
そう言ってクライが僕の胸を拳で叩くと、空間は白く染め上がり、僕の意識が元に戻っていく。
* * * * *
寝起き一番に聞こえたのは、下卑た笑い声だった。
「さぁてと~~。僕チンもそろそろ、ご主人様の言いつけを守りに行かないとだし~~。ウザイ君たちには、ここで死んでもらうよ~~!! ぎゃははははははははははあっはははっっ!!」
どうやらアドラの中の奴は、俺とカナタを殺してどこかに行くらしいな。
カナタが俺を手を強く握って祈る様に目を閉じてるのがその証拠だ。
好きな女にこんな顔をさせるとは、俺も恥知らずな男だな。
とりあえず、クライの
「――吹っ飛べ、クズが」
「ぎゃはは……? はぐあぁぁあああっっっ!?」
俺が力を使うと、アドラにかざした手から空気の弾のような物が弾き出され、アドラを吹き飛ばす。
その結果、アドラの奴は地面をバウンドしながら大の字で寝てやがる。
今のうちに俺もカナタを避難させておくか。
「おい、何アホみたいに口を開けてやがる。とっとと木陰にでも行くぞ」
「レイ……君……? あなた、どうして……!? だって……お、なかが……それに口調も……」
カナタに言われて気付いたが、どうやら融合した際に傷も癒えたらしく、腹は制服だけが一文字に破けているだけだ。
だが、まさか口調も変わるとは……クライみたいに下品な喋り方だと思うとゾッとするが、今は違和感を感じれねぇからどこが悪いかも分からねえ。
「もう喋るな。こっちで寝てろ」
俺はカナタを運ぶために、カナタの膝と首筋に手を回して抱きかかえる。
するとカナタが「あわっ…………あわわわわわわわっっ!?」とかアホな声をだして騒いだ。
「痛んだか?」
「ちっ……違くて……! 本当に……レイ君……なの?」
「それ以外の誰に見える? 馬鹿なこと言ってねぇで、お前は俺に守られてろ」
うるせぇ奴だと思ったら急に静かになったり、色々と忙しい奴だな。
だが、どうにも顔が異常に赤い。これは早く休ませた方がいいな。
「ほら、ここで座ってろ。すぐ終わる」
俺は校庭の隅にある木の下にカナタを座らせると、そのまま踵を返して、よろめきながら立ち上がるアドラに向かおうとした。
だが、袖を後ろから引っ張られ、首だけで振り向く。
すると座らせたはずのカナタが膝だけで立ち、泣いて俺に懇願してきた。
「ま…………って……!! レイ君を……連れて、行か…………ないでっ……!!」
(連れて行かないで、か……)
その言葉で、俺は前にカナタに言われた言葉を思い出した。「あなたは誰?」と。
そして、俺はその返事をまだカナタにしていなかったことも思い出した。
「カナタ……よく聞け」
俺はカナタの頬を伝う涙を指で拭いながら、語りかけるように伝える。
「俺が誰なのかってのは一言では伝えづらい。だが、これだけは言える」
救世主でもなくなった。
王位継承権一位でもなくなった。
国宝レベルの高位脳力者でもなくなった。
ならば、俺に残った確かな物は一つしか無い。
「俺は、世界で一番お前を愛している男だ。これだけは忘れないでくれ」
それだけ伝えて、俺はカナタの腕を払い、校庭に落ちている一振りの剣を拾った。
その剣の刀身は血の様に赤黒く、とても不気味な模様で彩られていた。
だが、それは今の今まで、この短期間で俺を馬鹿にしながら、笑いながら、そして、支えてくれたおかしな友人の剣だ。
「さあグラナドラ、お前の力も見せてみろ」
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