第37話 私の切り札
圧倒的なほどの実力差。ランクという世界の常識。それら全てをひっくり返して笑うような、そんな予想だにもしないカナタの勝利宣言。
それに対して、もっとも怒りを露にしたのは他でもない、カナタの対戦相手のアドラだった。
「ふっ……ふざけるなよ愚民がっ! そんな手品紛いの水芸如きで、この私に勝てるはずがないっ。死にたくないのなら、その口は閉じておけ。そうすれば、私の機嫌も損ねることはない」
だめだ。あいつが低脳であるカナタに情けを掛けるわけがない。アドラは本当にカナタを殺そうとしている。
止めなければ。さもなければ、今度こそカナタが死んでしまう――
『あのアドラとか言う奴、まだあの小娘が何をしたのか理解してないみたいだな』
久々の感覚に襲われ、僕は驚いた。
「クライ……!? 君、今までなんで返事してくれなかったんだよ……!? あれから色々と大変だったんだぞっ……!!」
『そんなこと、お前の姉ちゃんの話を聞いてたから知ってる。それよりも今はあの小娘だろ? ほら、小娘が仕掛けるぞ』
クライに言われ、僕が視線を動かした時、カナタは突如現われた水を水弾として、アドラに撃つ出していた
「ふっ、所詮はDランク。結局は同じ小細工、そんなものこの僕には――ぐはああああああああっっっ!!??」
その言葉を言い終える前に、クライは正面から来る衝撃にまともに当たり、その体を数回バウンドさせて倒れ伏した。
「『この僕には……』で、なんて言おうとしたの?」
自慢げにそう言うカナタ。その姿に観客を含めた僕でさえも、何が起こったかを把握するのに数秒を有した
(…………当たった? カナタの水が、あのアドラに?)
その証拠に無防備に水弾を食らったクライが地面に横たわってる様子からして間違いないが、何故、急にあそこまでの力をカナちゃんが?
『見たかクソガキ。あれが”本来の人間の脳力”だ。まぁ、あの小娘も、この時代の中ではまだまともってだけだがな」
「ど……どういうことだ? 何故、カナタの脳力が急に強化されたんだ?」
僕が質問すると、やれやれといった風に一つため息を吐いてからクライは説明する。
『全然違うな。いいか? あの小娘の脳力自体は何も変わっていない。いつかその力が違うモノへと昇華することはありえるが、それは今急激に変化するものじゃない』
「では、何が変わったんだ…………?」
『あの小娘は自分が媒介にしている水を強化することを思いついた。たとえば、あの水が電気を通さない絶縁体に変化させるとかな。そういう応用をすること自体は、誰にだってできる。ある思い込みさえなければな』
「思い込み…………。っ…………!? それって、まさか!」
僕はそれで全てが納得いった。
クライの言った思い込み。それは自分の価値感という世界を構成するものと同義だと思う。そしてそれが世界を覆っているから、人は簡単にその思い込みの常識を信じてしまう。
たとえば――
『人を生まれ持ったIQの高さによって価値が決まる。そんなクソみたいな思い込みを、お前が完成させた《低脳力応用化計画》の立案書が、論理的かつ科学的にそれを根本から否定した。そしてそれを読んだカナタは、思い込みを捨てて、今の脳力を本当の意味で応用することができた』
「…………!!」
クライの言葉で、僕は五年前に言っていた父の言葉を思い出した。
”読むだけで低脳が強くなるほどの価値がある”、それの本当の意味はこういうことだったのか。
世界の常識――思い込みを捨てさせることができる、それこそが《低脳力応用化計画》の真の価値だったんだ。
『お前も惜しい所までは行っていたぞ? その最後のピースをあの小娘が埋めただけの話だ』
「惜しい所?」
『お前は自分の脳力本体ではなく、何を測ってその脳力の変化を見ていたんだ?』
「それは……僕の『
エネルギーの……限界……!?
つまり、僕が調べていたのは、自身の吸収できるエネルギーの許容範囲ではなく、エネルギー本体への干渉具合だったという事か!?
そしてそれを理解していたからこそ、僕は力の正しい使い方を覚えて、通常よりも多くのエネルギーを吸収できていたということか。
僕が驚愕していると、クライは自慢げに笑い出して断言した。
「力は力でも、無理やりそれっぽく使うのと正しく使うのでは力の底が違う。この試合の行く末は、あの小娘がどれだけ自分の脳力を使いこなしているかに懸かっている」
クライが言い切った瞬間、それがまるで火蓋を切ったように、いつの間にか立ち上がっていたアドラが不意打ち気味の電撃を放っていた。だが――
「言ったでしょ。この試合は、私の勝ちだって」
僕が見る限り今の電撃は先ほどの比にもならない程の威力を持っていた。
だが、また突如、カナタの
「何故……だ……? お前の脳力は水を放出するだけのランクD程度の脳力のはずだろうがっ!? なのに、何故、僕のランクAの《
アドラはもう余裕が無いのか、焦りを隠そうともしないで声を張り上げカナタに叫ぶ。
だが、それも無理は無い。
数年間とはいえ、脳力の応用や向上の研究をしてきた僕ですら、あの電気を通さない水のからくりだけが分からないのだから。
だが、当の本人のカナタはケロッと当り前のことのようにその種を明かした。
「だってこの水、ただの水じゃなくて純水だもん」
「じゅん……すい…………だと?」
カナタが特に気にした様子もなく言った、純水という単語。
それは水の中の不純物がほぼ完璧に取り除いた水のことで、その性質の一つに”電気を通さない”という特徴を持つ水。
もし、あそこに立っているのが僕なら、きっとアドラと同じような呆けた返事をしていたことだろう。
だが、いくらカナタと言えど、今の発言は信じられない。
何故なら――
「嘘を吐くなっ!! 同じ水と言えど、脳力で物質の不純物を取り除く神がかりな芸当など、SSランクの領域だっ。しかも、無から生成した水からそれをやってのけるなど…………できる筈が無い!!]
「いや~確かに大変だったよ。でも、これくらい難しく無いと秘策とは言えないからね。それと、あなたは何か勘違いしてるけど、私だって何も無い所から水は出せないよ?」
「じゃ、じゃあ! さっきからその手から出ている水は何なんだ!? この校庭にはもう水と呼べる水はない!!」
「いやいやあるでしょ? さっきからこの辺にうようよと漂っていた水が」
カナタはまるで、空気で泳ぐように手を一面に広げて示してみせる。
そういえば、アドラが蒸発させて作った校庭中の水蒸気が消えているが、まさか――
『そのまさかだ。あの小娘は一度触れた水なら、たとえどんな形になっていても操ることができたんだ。そして、その水蒸気となった水を何度もかき集めては凝縮させ、液体にし、蒸発させる。これを繰り返して水の中から不純物を取り除いて、人工的な純水を造り上げたんだ』
「カナタが無から生成したと思っていた水は、今まで攻撃に使用してアドラの電気に蒸発された水だったのか……!?」
「うそだっっっっっ!!」
僕が納得したと同時に、カナタのカラクリに気付いたアドラは、声を張り上げて否定する。
先ほどまで余裕の笑みは何処へ行ったのか、今のアドラから感じ取れるのは不安と焦燥だけだった。
「僕は……僕は王族だぞ!! 第一王子で王位継承権だって、あのレイジアよりも上なんだ!! 僕が一番なんだ、偉いんだ!! それが……それがこんなその辺の雑草みたいに見向きもされないDランクに負ける訳には行かないんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!」
その叫びと共にアドラは何本も電撃を繰り出すが、カナタは先ほどガードに使った純水を自分を中心にドーム状に囲って逃れる。
純水に当たった電撃は、水の表面を滑らかにすべり抜け、そのままカナタの背後の地面に落ちていく。
それでも、アドラはその事実を否定するように電撃を撃つことを止めない。
王族の誇りが、惨めな低脳を否定しろと、本能に無理やり命令しているようだった。
「何度やっても無駄だよ。あなたの攻撃は、二度と私には通じない」
「ぐ、ぐぐぐぅぅぅっ……!!」
すでにアドラの顔は蒼白となり、冷たい汗で額を濡らしていた。明らかな脳欠症の症状だ。
だが、アドラはそれでも攻撃を止めようとしない。
その様子を悲しそうに静かに見守っていたカナタは、覚悟を決めるように一度小さく頷くと、さらに水を空気中から
「確かに私はDランクだし、頭も悪いし、IQも低い。王族の……レイジア君の隣にいる資格なんてないのかも知れない。でも……たとえそうでも、それは他の誰かに決め付けられることじゃないっ! だから、これは私の意地なんだ。私が私でいるための戦いなんだっ!!」
カナタは周りで浮遊している純水をアドラに向かわせる。
その水を避けるようにアドラは残りの力を振り絞って雷撃で迎撃しようとするが、その全てが先ほどと同様に水の上を滑って地面に落ちる。
「お……おっぷ……ぶおおおおおっっっ!?」
アドラへと向かった純水の塊は、粘りつくようにアドラの体に張り付き、そのままアドラを閉じ込める牢獄となった。
中のアドラは何とかその水から出ようと脳力を使って抗うが、その牢獄のほとんどが純水でできているためか、電撃は一切外へと行かない。
水を泳いで出ようともするが、その水から逃げるように場所を移動すると、水もまたアドラを中心に移動する。
成す統べなくその牢獄の中でもがくアドラに向かって、カナタは勝利を宣言するようにその水の牢獄の名を告げた。
「『
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