第25話 実兄アドラ

 旧校舎を襲ってきた団体。

 その先頭に立つ僕の兄アドラ・ガレアスを見た僕は、急いで旧校舎の中から出る。


「おい、これはどういうことだっ!?」


 僕がそう一喝すると、殆どの白服の生徒たちの顔色がどんどん青ざめていくのが分かる。

 どうやらここに僕がいるとは思っていなかったのだろう。


 アドラのそばに仕えている複数の生徒たちは――生徒会のメンバーだろう――も慌てふためき生徒会長であるアドラの顔を窺っていた。

 

 だがアドラは、他の生徒たちとは違い堂々と声を張り上げて僕に答える。


「やあやあ!  誰かと思えば愛しき我が賢弟レイジアではないかっ!。すまないな、まさかそんなゴミの掃き溜めのような校舎に王族のお前がいるとは夢にも思わなかったんだ」


 どこまでも白々しい態度で僕に謝罪をするアドラ。

 あの様子だと恐らく、僕がここにいることを理解した上での襲撃だったのかもしれない。


「そんな言い訳はどうでもいい。継承権一位の僕に向けての攻撃。これは立派な反逆行為だ」

「そんな堅いことを言わないでくれよ愛しい弟よ。俺たちは血の通った仲睦まじい兄弟だろう? 愚かな兄の失態ぐらい、笑って許しておくれよ」


 ――仲睦まじい、か……。

 

 確かに幼い頃は僕とアドラとユリねぇは仲がよかった。

 みんな兄妹を愛していたし、硬い絆で結ばれていた。


 だが、それは数年前までの話だ。

 僕がユリねぇのネグレクトを見つけた時、いや、カナタと再会を誓い合ったあの日から、その兄妹の絆も終わりを告げた。


 元々、王位継承権一位である兄のアドラを失席させ、その座を僕が奪い取ってから、兄は僕の暗殺ばかりを考えるようになった。自分のモノであったはずの継承権を奪い取るために。


 だが今回は暗殺なんて生易しいものじゃない。

 僕以外の赤服生徒たちすらも巻き込んでのこの大規模襲撃。


 赤服の彼ら彼女ら、そしてなによりもカナタにまで危害を加えようとしたアドラに、僕は持ち得る怒りの全てを余すことなくぶつけようとした。

 

 だがその直前――


『落ち着けレイジア。すぐ熱くなって自棄やけを起こそうとするのがお前の悪い癖だ』

「っ…………!!」


 クライが僕をたしなめるが、その時、少しだけ息を漏らしてクライが意地悪く笑った気がした。


『ちょうど良いじゃねえか。これを口実にお前からあいつらに試合を挑め。そして勝った暁には裏生徒会の設立を認めさせろ』

「ん? 試合……なのか……? それなら直接アドラに裏生徒会を認めさせればいいじゃないか? なぜそんな回りくどくやるんだい?」


 僕がそう聞くとクライは面倒そうに息を吐いた。


『それだけじゃあ奴らに言い訳の暇を与えるだろうが。ここで完膚なきまでに叩き潰せば、もうこんな風に旧校舎への攻撃もなくなるし、何よりもお前が赤服生徒のために戦うという証明にもなる』


 なるほど、一理ある。

 同じ権力や力の使い方でもその理由が異なれば大衆への見せ方も変わるというわけか。流石は仮にも、過去に国を統治していた魔王なだけはある。


「……分かった。やってみるよ」


 クライに小声で答え、僕はこちらの様子をゆっくりと手を組んで見ていたアドラに向き直る。


「……兄さん。今回だけなら許してあげてもいい。だが、ただし条件がある。僕と兄さんたち生徒会で対等な勝負を行い、兄さんたちが勝つことだ」

「ほう」

 

 僕の提案を聞いたアドラは、指で顎を擦る。

 しばらくそうしてアドラが思案していると、アドラは何か言いことを思いついたようで、まるで僕を試すような目付きになった。


「ならば試合形式は聖アメリア学園式の模擬試合のルールに乗っ取ってやろうではないか。こちらは俺以外の生徒会メンバー四人、そちらはお前一人のみでならこの勝負受けてもいい」


『聖アメリア学園式……ってのは何だ?』

 

 初めて聞く単語に対して聞いてきたクライに対し、僕は小声で答える。


「生徒間で問題が発生し、その解決策として私闘をする場合に適用するルール。本来ならば一対一でお互いが決められた行動範囲と攻撃回数を決めて戦うのだけれど……」


 ――四対一という変則的な人数に対し、ルールがそのまま施行されるわけもない、何かを企んでいるのか?


 僕がアドラの思惑を見抜こうと黙っていると、そこにアドラは補足するように説明を続けた。


「今回は行動範囲はお互いに同じだが、攻撃回数に関してはこちらは無制限、そしてレイジア、お前の攻撃回数は一回までとさせてもらうぞ。おっと卑怯とかは言うなよ賢弟。お前は国宝のSSランク、対してこちらはAランク四人だ。その差で一対一とルールが変わらないなんてわけないだろう? それにお前言ったよな? ”対等な勝負で”と。これで本当の意味で対等だろ?」


 アドラは説明を終えると目を細めて僕に薄ら笑いを向ける。どうやら僕の言葉の綾を突いてしてやったりと言った具合だ。

 

 アドラの策に僕がしょうがないといった様子で肩を落とすが、そんな風に姑息な手を披露したアドラにクライはなぜか好感を持っていた。


『レイジア、お前も人の上に立つ努力をするならああいうしたたかさも持たなければならないぞ。たとえ卑怯と言われても勝つ策を実行する力をな』

 

 確かにその通りかも知れない。

 貴族間の勢力争いが耐えないこの聖アメリア学園において三年間も生徒会長を勤めているアドラのリーダーシップ能力は認めざるを得ないかも知れない。

 

 だがそれでも、アドラは一つ勘違いをしていることがある。


「兄さんがいいならそれでいいけど――たった四人で僕と対等なんて、僕も随分と舐められたものだね」


 僕の軽い嫌みに対し、先ほどまでの薄ら笑いから一気に表情を強張らせたアドラは、その目元にだんだんとシワを寄せていく。


「……昔からだ。何も悪びれずに人を見下すお前の物言いが、俺は大っっっ嫌いだっ!!」


 今まで隠していた僕に対する嫌悪の一部を吐き出したアドラが、肩を怒らせながら八つ当たりをするように他の生徒会メンバーに荒く指示を出す。


 指示を受けた生徒会メンバーは、旧校舎前の狭い校庭の地面に五メートルの正方形を描くとそれの真ん中に一本線を入れ二つの枠を作った。


『なるほど。まるでドッチボールをやるみたいだな。懐かしいもんだ』


「クライの国の競技か何か?」と僕が聞こうとする前に、アドラ以外の生徒会のメンバーがそれの一つの枠の中に入ったのを見て、僕も反対側の枠の中に入った。


 何となく気になって後ろを振り返ると、旧校舎の中に残っていた赤服の生徒たちがぞろぞろと旧校舎から出てくる。


 そしてその中にカナタの姿を見つけると、僕は思い切って普段出さないような大声で彼らに宣言する。


「赤服の皆さん、これから僕があなた方のお役に立てることを証明しますっ。どうか暖かい目で見守っていてください!」


 そう言って僕が彼らにお辞儀をするが、赤服の生徒たちはまだ不安そうな目で僕を見るばかりで拍手すらしてくれる人は居なかった。

 クライの言うとおり、ここで僕が彼らの信頼を勝ち取らなければならないみたいだ。


 僕と生徒会のメンバーの準備が終えたのを確認したアドラが、枠の外から審判のように手を振り上げる。


「それでは聖アメリア式に乗っ取った私闘を開始する。我々生徒会は裏生徒会の設立の許可。レイジア側は旧校舎の取り壊しとレイジアの王位継承権の剥奪を賭けて試合をすることを誓いますか?」


 さらっっと僕に条件を追加されたのを聞いてクライが吹き出すが、僕は微動だにせず頷いてそれを肯定。すると相手の生徒会メンバーも同じようにそれを肯定する。


「それでは私を除く生徒会四人VSレイジア・A・ガレアスの勝負――開始っ!!」


 アドラが手を振り下ろし、試合の火蓋は切って落とされた。

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