第30話 気まずい下校
僕を嵌めようとするならばやはり実兄のアドラだろう。
兄は僕に継承権を奪われたことで復讐心を募らせているし、前の試合でさらに恥をかいた。僕を狙う理由など他にも思いつくが今のところは彼が一番怪しい。何か先手を打たないと。
「レイ……ジア君」
そこで後ろから名前を呼ばれた僕は足を止めると、傍から見て気だるそうに声の主に振り向いた。
「…………何ですか、カナタさん」
明らかに不機嫌を装った僕の態度にカナタは手をその薄い胸に押し付けて目を逸らすように俯く。そういう風に演じたのは僕でこんな気持ちになるのもおこがましいが、彼女のこんな風に元気のない姿は見たくないな。
「呼び止めてごめんなさい……。今日から数日間は一人で帰らない方がいいんだよね?」
「そうですね。通り魔が捕まるか状況が落ち着くまで、誰かお友達と下校してください」
「それ……なんだけど……その……」
カナタは何かを言い淀むと、両手の指先を合わせてモジモジとする。
「今日一緒に帰ろうとしてた友達たちが皆先に帰っちゃってて……。それで今日、良かったらなんだけど……一緒に帰りませんか? ほらっ、私たち赤服の学生寮とレイジア君の家って距離的には近いし…………」
「……………………」
ちらちらとこちらの様子を窺うカナタを身ながら僕は少し思案する。
もし僕の憶測が正しければ狙われるのは僕だ。その所為でカナタを危険な目に遭わすわけにはいかない。
だがフォル君の情報では赤服の生徒が狙われていないだけでそこに狙われない確証があるわけもない。それならばこのままカナタを一人で帰らすよりも僕と一緒の方が安全か。
「分かりました。今日だけは一緒に帰りましょう」
「っ…………!!」
僕がそう答えるとカナタは花が咲いたような笑顔を浮かべ、その後はっと何かに気付いたように頭を下げた。
「あっ……ありがとう……。それじゃあ、行こっか」
「はい」
そうして並び立った僕らは、そのまま一言も会話をすることなく歩き出した。
そして現在、ガレアス中央通りの学生用馬車の中。
――き、気まずい……
僕らは下校中、本当に一言も喋ることなく、二人きりの狭い馬車の密室の中でもお互いに無言のまま。そんな状況に緊張している僕は、本当に都合がいい男だと心底思った。
歩を進める馬のひずめとがたごとと車内を揺らす馬車の車輪の音。
外は陽の光はどんどんと赤みを帯びて街を照らし出し、その弱弱しくも暖かい光が車内に差し込み僕ら二人だけにライトが当てられているようだった。
『おいクソガキ。お前も男なら自分から空気を変えるくらいの努力をしろ。このままじゃ窒息しそうだ』
体も持ってないのにどうやって窒息するんだと、心の中でぼやき、僕はまるで思いついたから話したと言った風に話を切り出した。
「そういえば、僕ら裏生徒会が一身した授業内容ですがどうでしょうか? 改善はされましたか?」
「え? はっ……はい。前よりも私たちのランクに合っていて、すごい私たち赤服に親身になって作ってくれたんだなって…………」
「それはそうでしょう。その授業内容は全て赤服の裏生徒会メンバーが考案したものなのですから」
「でも……それを作るための研究資料はレイジア君が持ってきてくれたんだよね?」
「…………それについては説明したはずです。僕が王族権限でのテロや犯罪の抑制活動の時、たまたま会った救世主と名乗る人物から協力を仰がれたと」
「そうだけど、それって最近のことだよね? それなら私と出かけた時に『低脳力応用化計画』を知っていたのはおかしくないかな?」
「っ……………………!!」
――しまったっ!
顔には出ていないはずだが、カナタに痛い所を突かれた僕の内心は穏やかではなかった。
クライに会う前にした話しだ。だからカナタがそこに疑問を持つのは当然だがそれだけではないだろう。カナタは前に僕のことを別人かと疑ったことがあった。それを踏まえて考えるとカナタはまだ僕が別人ではないかと疑っているのかも知れない。
――ここは多少強引にでも辻褄を合わせて、翌日にその証拠を捏造しよう
「だから言ってるでしょう。僕は自らの行動でその計画に行き着いたんです。明日にでもその証拠を見せますから」
「でも、あの計画は王族には絶対にばれないように――」
「しつこいですよ。それだけなら黙っててもらえますか」
ぴしゃりとカナタの言葉を切って捨てた僕はその後カナタの質問に一切取り合わず、それを見たカナタも諦めたように眉を垂らして悲しそうに俯いた。
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