第31話 襲撃者

「ここら辺が学園の寮ですか? ここにも脳力差別が広がっているとは」

 

 僕たち王族や貴族が住む邸宅の裏側にフェンスがしかれたその先が聖ガレアス学園の赤服生徒寮だ。


 だがそれも名前ばかりで見るからにオンボロな二階建ての建物が等間隔で立ち並び、そこに行くまでの道も舗装すらされていない。

 そのために道には雑草が好き勝手に生え、人が通った跡だけが獣道として機能していた。


 そんな風に未完全で適当な設備なためにお風呂や食事などが行える設備があるわけもなく、放課後のちょうどこの時間帯は生徒たちは各々のガレアス中央通りなどで自分の時間を過ごすことが多い。


 だが僕が今寮の問題を提示したのは他の思惑もあった。

 学園でも寮でもこんなに窮屈な生活を送っているのならば、少しはカナタとの会話の糸口になるかと思ったからだ。


「…………………」


 だがそんな思惑も外れカナタは一言も声を発しない。馬車を降りてからずっとこの調子だ。

 少しだけ僕の前を先行して進み迷い無くカナタは街頭すらない道を進んで行く。


――返事がない…………。やはり先ほど馬車の中では冷たくしすぎたかな


「え~と……カナタさん、先ほどの件なんですけども__」

 

「レイ君」


 カナタが急に僕のあだ名を呼んだことで、僕の身は強張った。

 それは何故急に呼び方が戻ったのかという疑問もあるが、一番の要因は僕の名を呼ぶカナタの声に少しばかりのイラつきが見えたからだ。


 いつにも増して雰囲気が違うカナタ。そんな彼女に対しての反応に困っている僕が無言でいると、カナタはこちらに顔を向けることなくその声に不満を孕ませて話し始めた。


「無視するならするで良いけど、私は勝手に話すからね。私、レイ君のことが分からないの……。初めて会った時は私のことを知らんぷりしてたけどデートしてくれて、そう思ったら今度は関わるなって言って……。その癖にこの前はいきなり白服の奴らから私を助けてくれて、いきなり裏生徒会なんて作って英雄呼ばわりされて…………。もう私、意味分かんないよっ……」


 ひとしきり言いたいことを言い切ったカナタは僕の前に立つと、夕焼けのように紅い瞳で僕の目を捉えてはっきりと問う。

 

「レイ君は……本当のあなたは……一体、何者なの…………?」

 

 僕は言葉を失った。その言葉の意味を理解するには、今の僕には肩書きがありすぎる。

 

 王族の第二王子と言えばいいのか。

 白服の新入生代表と言えばいいのか。

 裏生徒会の生徒会長と言えばいいのか。 

《救世連盟》の指導者の救世主と言えばいいのか。

 カナちゃんの幼馴染と言えばいいのか。

 

 いや、もしかしたら、そのどれでもないのかも知れない。

 

 ここ最近クライが来てから、僕はどれくらい自分で考えて行動し、自分として行動しただろうか。

 

 もし自分の意志で動いたとしても、僕はカナタのために動いていただろうか。


 カナタを悪漢から助け裏生徒会を設立し、そして現在赤服生徒の大半に英雄扱いされているのは全て自分の力でできたと言えるだろうか。

 

 改めて考えさせられてから、カナタの質問を僕が自分に向けて聞いていた。


 ――僕は一体、誰なんだろうか?


「僕はっ…………っ……!?」

 

 答えに迷っても何か答えなければ。そう思って僕が顔を上げると、僕の前方、そしてカナタの背後から一つの巨大な影がカナタ目掛けて迫っていた。


 その影が二つに割れたと思うと割れた一つの影は巨大な鎌であり、その鎌がカナタの首を刈り取ろうと振るわれた――


「やめろおおおおおおぉぉぉぉぉっっっ!!」

 

 ――なんとかカナタを僕の方に引き寄せカナタを鎌の間合いから離し、それと同時に僕は左手の手の平で鎌を受け止めようとした。

 

 たまたまと言えど攻撃に気付いたのが少し速かったのが幸いし脳力を使うには充分すぎる時間があった。


 僕の《生殺与奪ギブ・アンド・テイク》で吸収できるものは有機物以外の全てであり、それは摩擦なども例外ではない。そのため左手の手の平で鎌を受け止めるは他の人間なら自殺行為だろうが、僕には関係なく鎌は僕の左手の中で静止する__筈だった。


「…………えっ…………」


 気付いた時には次に瞬間、鎌は僕の左手で止まるどころか手の平を透けるように貫通し、そのまま僕の胴体を一薙ぎした。


 だが胴体を横なぎにされたはずの僕の体や服には少しも傷がなく、鎌の刃には血液が一滴も見当たらなかった。


 突然のできごとに重なる謎。その答えを自然と目の前の襲撃者に求めた。


 まだ僕が立っているにも関わらず鎌を背に戻した襲撃者。その顔は目深く被られたフードの所為で見えなかったが、薄っすらとだけ見える口元が不気味に歪んでいたのが分かった。


 その直後、僕の意識はプツンッと途切れた。

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