第20話 トリガー

 カナタから去るのを口実に学校をサボった僕は、昨日カナタとデートに来たガレアス中央通りにある公園に来ていた。

 

 ここは子供が遊ぶような遊具こそないが、交通量が多い中央通りにあるにも関わらず落ち着いた雰囲気のある公園で、植えられた木々や立ち並ぶベンチ、そして公園の真ん中にある大きい噴水がここに訪れる人々に平穏を与えている。

 

『ぶぼぼぼぼぼぼぼぼっっっ!? ちょ! まっ、待ってって! 悪かったから一旦とめ……ぶぼぼぼぼぼぼっぼぼぼぼっぼぼぼぼぼっっっ!!』

「……………………」

 

 僕は周りの通行人が引くぐらいに無表情で魔剣グラナドラを噴水に突っ込み、人々に癒しを与えているはずの噴水を拷問機具のように扱っていた。

 

 グラナドラと融合したと話していたクライは、そのそのせいでろくに喋れることもできず、剣の癖にまるで本当に溺れているように苦しむ。

 

 先ほどのようにクライが僕の体を乗っ取る方法を聞きだそうとしていたからだ。 

 だが、これが意外と手間取った。

 

『……………………』

「黙ってないでどうする? これ以上の不毛な争いは僕もしたくないんだが、どうしてもと言うなら、僕も最後の手段に出るよ」

『……ど……どうするつもりだ……?』

 

 少し震える声で聞いたクライに、僕は暗い笑顔を作り迷うことなく言う。


「簡単だよ。今すぐに噴水の噴射口に君を突っ込むだけさ」

『分かっっっった!! 話す話す話す話させて頂きますから、それだけは勘弁してくれ!! 冷たいのはイヤだぁぁぁぁぁっっ!!』

「まったく、ようやく話してくれる気になったのか」

 

 ちなみに五分で一セットずつ水につけていたから、十二回目の一時間でクライの心が折れた。 


『…………あくまで俺様の考えだ。そこに疑いを持つならもう俺様は知らないからな……。まさか、魔王と呼ばれた俺様がこんなクソガキに屈することになるとは…………』

「早く言わないと、今度こそ本当に君を噴射口に突っ込むよ」

『だぁぁぁもうっ!! 感情だよ、感情! 俺様はお前の感情をトリガーに外に出れるんだよ!』

「感情がトリガー? それってどういう意味?」

『お前、あのカナタって女が投げ飛ばされた時になんか音が聞こえなかったか?』

 

 クライに言われて先ほどのことを思い出す。

 確かにあの時何かのスイッチが切り替わる様な音が聞こえたが、あれがトリガー?


「……確かに何かカチッって音がした気がしたけどそれが関係するのかい?」

『そうか、聞こえたか……まずこれを話す前に少し情報を整理しよう。俺様は常にグラナドラの中にある黒い部屋の中で外の様子を見ている』

「この剣の中に部屋があるなんて想像できないのだけど……」

『あるのは俺様の精神世界だ。壁も床も全部が黒い正方形の部屋で面白みもない。ただ……まぁ……異常な物もあるが……』

「……? 異常な物?」

『バカでかいスイッチが一つある』

「はぁ? なんだそれ?」

 

 精神世界の部屋にスイッチ? と僕が疑うとクライはしっかりとした声でそれを肯定した。


『本当だ。お前の怒りが頂点に達した時、そのスイッチが急に切り替わって気付いたらお前の体を乗っ取ってたって訳だ』

 

 クライが嘘を言っている風には感じないが、どうしても信じられない。

 だが僕しか聞こえなかったと思われる音が、もしクライの言っているスイッチが切り替わった時の音なら辻褄つじつまが合うのも確かだ。

 

「……その話が本当だとして、僕は普段何かに怒らなければ君が表に出てくることは無いってことだね?」

『まぁ基本的にはそうだが、他にも方法は……いや、やっぱやめだ』

 

 おもむろに言葉を濁したクライに対して、僕はグラナドラを水面の上にそっと晒す。

 

『わぁぁぁっ!! 違うって! 隠した訳じゃねぇよ! ただ絶対に無理だと思ったから言わなかっただけだ! だから、今すぐ噴水から俺様を遠ざけろ!』


 僕がクライを水面から引き上げると『ふぅ~~~』と息を吐くようにクライが安堵する。

 また次こんなことがあったら、さらに長時間水に漬けてやろう。


『前に俺様がお前の体を乗っ取ろうとしたってのは話したな』

「……そういえばそうだね」

『剣と融合するのは俺様ぐらいかも知れないが、俺様の時代だとそういう融合自体は珍しくなかった。そうして融合する者を契約者、融合して意志を引き継ぐものを転生者と呼んだ』


 クライの話で言えば融合されそうになった僕は契約者。融合によって意識を乗っ取ろうとしたクライが転生者というわけだ。


『そして本来の融合とはお互いの合意の上で行われ、契約者は融合者に体を預けることでその融合者の力も扱うことができる。それがもう一つの俺様が表に出られる方法だな。そこでものは相談なんだが――』

「断る」


 クライが何かを言う前に僕はその言葉を切って捨てた。こいつが何を言おうとするのが分かったからだ。


「誰が人の体を使って女性の胸を揉みだしたり、人の気も知らないで自分勝手に動く奴に体を貸さなければならないんだ」

『ちっ……! 分かってたっつうの! だから言わなかったんだよっ……』


 クライは舌打ちを一回すると、突然何かに気付いたように声をあげた。


『てか、勝手なこととはなんだ勝手なこととはっ。俺はお前の想い人であるカナタを助けてやったんだぞ、少しは感謝したらどうなんだ?』

「それが大きなお世話なんだよ。別にカナタは僕の想い人でもないし、第一あそこで助ける必要性もなかった」

『…………それ、本気で言ってるのか』


 僕の言葉が不満だったのか、声だけでクライの機嫌が悪くなったのを感じた。


「どういうことだよ?」

『あの状況でカナタを助けられたのは白服であり王族でもあるお前だけだ。それなのにお前は動かなかったのはなぜだ?』

「それは……あそこでカナタを助けるのは得策ではないからだ。もしあそこでカナタを助けてしまえば僕の王族としての立場を父に奪われかねない。そうなればこの国で赤服や低脳者たちを庇う唯一の方法も失ってしまう」

『その唯一の方法が《救世連盟》とかいうテロリスト集団か?』


《救世連盟》のことを知らないはずのクライがそれを口にしたのに僕が目を丸くする間にクライはさも当然言わんばかりに僕の疑問に答えた。


『何度も言ったはずだ、お前と融合し意識を乗っ取るつもりだったと。その過程でお前の心や記憶は全て覗いているんだよ。だから、お前がカナタに対してどう思っているのかなんてお見通しだ』

「だったら分かるだろっ!!」


 僕は塞き止めていた怒りや悲しみの感情の奔流に身を任せて思っていることを全て吐き出す。


「僕は王族だ……結局はあの父親の息子だ。これ以上の出過ぎた行動はカナタを傷つけかねない。過去に僕が行動して失敗し、僕についた貴族たちの多くに迷惑をかけたようにだ。だから……仕方ないんだ……」


 カチッ、と何かのスイッチが入る音が聞こえた瞬間、僕の視界は固定され、身体の自由が利かなくなった。


「いいや、お前はまだまだ全然足りねぇよ」


 ――これは、またクライに僕の体が乗っ取られたのか?


「その状態でもお前の言いたいことは念じるだけで伝わる。だからこれから俺様がやることをよく見とけ」

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