第7話 デート

 カナタに連れて来られたのは聖アメリア学園からそう遠くない、第一区ガレアス中央通り。

 

 国の中心にあるこの通りは一から十まである区画へ伸びる一本の道筋があり、そこから行商人や彼らが運んだ品々が届けられるため第一区の正門とも呼ばれている。

 

 国の物流と交通の中央であるここは、登下校を馬車でする学園生をターゲットとした食べ物やアクセサリーの出店が多く立ち並び、週に一回は市場が開かれている。

 

 その店の数は多種多様に渡っており名だたる有名店の出店や個人営業の店まである。それらの出店が立ち並ぶここに人が賑わわない日はない。

 

 カナタはその出店一つ一つを穴が開きそうになるほど見つめ、子犬が尻尾を振る勢いで僕に鼻息荒く詰め寄ってくる。

 

「ねえねえあれ見てっ! サンドイッチにお肉の部位が三種類も挟んであるよ! あっちのホットドッグ屋さんは対抗して色々なバジルやブラックペッパーなどの香辛料を練りこんだソーセージが売りなんだって! これは質の工夫か物量の差か、興味深いね……!」

 

 カナタ……君はいつから出店評論家になったの? いや、確かに評価は凄くしっくり来るし、興味と食欲はそそられるけど、それよりも……。

 

「とりあえず、ヨダレは拭こうか」

「はっ! えへへ、お見苦しい所をお見せしました。だけに」

 

 やかましいわ。上手くないわ。誰もそんなこと聞いてないわ。

 

「で、カナタさんは、もし僕が『レイ君』なら、ここで初デートがしたかったと?」

 

 頑なにレイ君ではないと否定し続ける僕に、大げさにため息を吐きながらカナタが振り返る。

 

「もう、まだ認めないの? 相変わらずレイ君は頑固だなぁ。まぁいいや。そうだよ、最初付き合いたてだと分からない事だらけでしょ? だから、お互いにゆっくり、楽しみながら趣味や好きなものを知るには、やっぱりお買い物が一番かなって。ここなら色々な物がたくさんあるから、お互いに好きな物だらけで飽きないかなって」

 

 なるほど、無計画かと思ったら、以外に考えている。まさか、僕の事まで考慮しているとは思ってなかった。


 僕が内心で感心していると、カナタはまた食べ物の出店に穴が開くほど見つめていた。

 

「あれは……! 昨今、流行中の甘い薬草のフラッペ!!  味に薬草独特のほろ苦さを残しながらも、砂糖や蜂蜜の口の中を支配する甘さと融合した最高のドリンク!! 健康ドリンクとしては逸脱しているようで、スイーツとしての本来の姿から離れてるようにも見える、まさに若者とご老人のつぼを表裏一体の形で収めこんだ革新的ドリンク!! ハアァァァ……」

 

 今にも蕩けそうな喘ぎ声と濁流の如くヨダレを流すカナタを見ながら、僕は先ほどの関心を撤回する。やはり、これはこの子だけが楽しむデートだ。

 

 それより、何故、食べ物の事になるとそんなに饒舌になるんだよ……。

 こんな表裏一体や革新的なんて言葉を使う子が”ケアレスミス”を”ストレスミス”なんてアホな間違いをするとは思えないのだが……。


「へへへ……ここが噂に聞いた桃源郷、もとい糖源郷……」

 

 ……だが、このまま突っ立ってるだけではデートにはならない。僕は変な喘ぎ声を出し続け、放心しているカナタを揺すってこちら側の世界に引き戻す。

 

「カナタさん、いい加減どこかに腰を下ろすなりしましょう。ここも一応、街道の真ん中ですし」

「…………はっ! 私、今どこにいた!?」

「どこでもいいです。そんなに興味があるのなら何か買って来たらどうですか? 僕は食べませんけど」

 

 僕の何気ない一言に、カナタは驚きを隠そうとせず限界まで見開いた目でこちらを見る。

 

「えっ!?  どうしてっ!? こんなにもおいしそうな食べ物が一堂に会しているのに、それらを食べずにこの場を去るのは食に携わる人々に対する間接的冒涜だよっ!?」

「なんでそこまで言われなくてはいけないんですか!? だいたい僕はこんな事になるなんて思っても無かったから所持金は少ないんです」

 

 まぁ、嘘ですけど。

 でも元手であるお金がないなら、流石のカナタでもここは引くしかあるまい。

 

「あっ、そうなの? なら…………その……えぇと……」

 

 そういうとカナタは突然モジモジしながら、顔を赤らめて上目遣いで提案する。

 

「そ……それなら……一緒に食べればいいんじゃないかな……?」

 

 予想だにしない反応に思わず僕も、多少動揺が隠し切れずたじろいでしまう。

 

「えっ? それって、まさか…………」

「ま、まぁ……見たところ、今ある出店の食べ物って、全部手で持って食べる物だけみたいだし…………だから、その…………」

「…………間接キス……になりますよね……」


 僕がそういうとカナタは真っ赤になった顔を俯かせながら、小さく頭を縦に振って肯定する。


 僕達の間に気まずい空気が流れる中、少しの間、両者とも目も合わせれずに沈黙が続く。その沈黙を切り裂いたのは、カナタだった。

 

「い、いやっ、ねっ!! 私はそういうの気にしないというか、大歓迎だからね、いいんだけど、もし、レイ君が嫌なら……」

「いやっ! そんなことはっ……!?」

 

 咄嗟な返事にカナタは目を見開いて驚いていたが、僕も自分自身の声に驚いていた。

 

 まさか、こんなに大声を張り上げるとは、思っても見なかった。

 とにかくこのままではいけない。何か言い訳をしなければ……!! 

 僕は一度大き咳をして、改めて冷静に返事を返す。

 

「ごほんっ、別にそんなことはありません。僕は、あなたの言うレイ君では無いのですから、あなたとの…………か、間接キスなど、造作も無い……です……」

「ふぅ~~~~ん」

 

 …………少し言い訳がましかっただろうか。

 

 カナタは僕の言い分を聞いて悪戯っぽく笑ったように見えたが、僕はその意味を比喩ではなく身を持って理解した。

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