第12話 別れ
「はぁぁぁぁ~。満足ぅぅぅぅ~」
カナタは
「さすがに長すぎじゃないか? カナタ」
「だって、レイ君の胸、大きくて男らしくて、頼りがいがあって安心して、居心地いいんだもん」
まるで子供の頃に戻ったように楽しそうに笑いながらカナタは僕の肩に頭を乗せる。
「ねぇレイ君……聞きたいことがあるんだけど……いいかな?」
「…………何……?」
カナタは僕の正面に立つと、腰を低くして僕の顔を覗きこむ。
「レイ君は昔、私とここで遊んでた、私の幼馴染のレイ君だよね?」
「あぁ、そうだよ」
「で、昔に私が引っ越す前にここで再会しようって約束したよね?」
「……したね」
「で、学校の入学式に再会できた」
そこまで言うと、カナタは目を細めて僕を恨めしそうに睨んだ。
「なのに……私のこと、知らんぷりしたよね……?」
「……したね」
「しかも、今日のデートの最中も、ずっと知らんぷりしてたよね?」
「………………してたね」
何かの劇で観たどこかの貴族の浮気調査のような展開になってきた。
きっと今、カナタの顔を見たら怖いのだろうな…………。
「……でも…………会えた……」
先ほどまでの責め立てるような口調から一変して、優しく呟くような声に僕はカナタの顔を見る。
その顔を見たとき、一瞬だけ、僕はその表情に胸の鼓動が早まるのを感じた。
カナタはいつもと同じ笑顔に見えたが、その雰囲気はとても穏やかで色めき立っているように見えた。
「やっと、会えたんだ……これでもう、離れ離れじゃないんだ…………」
「っ………………………!!」
その言葉を聞いた時、僕は心臓が二つに張り裂けるような葛藤に襲われた。
僕は胸を押さえて、その場に
僕は今日、幼馴染の『レイ君』に戻れたとしても、どうにもならない事は覚悟はしてるつもりだった。
だがまさか、こんなにも言葉を紡ぐのが怖いこととは…………。
「レイ君! あのね、覚えてるよね! また会えたら、その時は……!!」
「カナタっ!!」
僕がカナタの言葉を裂くように話を始める。
すると、カナタは不安そうに僕を見つめて、自分の胸に手を当てる。まるで、何か悪いことが起こらないようにと祈るように。
僕も爪が手の平に突き刺さるの感じながら拳を握り締めると、努めて冷たく突き放すようにカナタに言葉を投げつける。
「…………二人っきりで会うのは、今日が最後……そういう約束だ」
「……………………!?」
僕の言葉に少しばかりの沈黙__いや、正しくは、カナタの声にもならない呟きだけが聞こえる。
その呟きが耳に聞こえるまでになるのは、時間で言えばほんの数秒だっただろうが、僕が罪悪感を感じるには充分過ぎる時間だった。
「……どうして……やっと会えたのにっ……! そうだ、星っ! 二人でした約束があるでしょ! え~と、え~と、確か、あそこらへんの星に二人で誓い合ったでしょ!」
カナタは街の遥か上空を指差し、思い出して欲しいと縋るように僕を見る。
「そんなことはとっくの昔に忘れていたよ。きっとカナタに会わなければ、ずっと忘れたままだった……」
嘘だ。あの日以来、カナタとの約束を僕は一度も忘れたことはない。
「なんで……そんなこと言うの……?」
「そんなことって、子供の頃の話だよ? そんなものにずっと縋るほど、僕は情け無い男じゃないさ」
これも嘘だ。
カナタとの夢が無ければ、僕はきっと無気力に生きていたはずだ。
「でも………………………………二人の星が…………」
「星って、何処にあるのさ?」
僕は街を見渡すと辺りにはもう、陽は差していなかった。
曇天はますます空を覆い、星など一つも見ることはできず、それどころか雨さえもぽつぽつと降り出して来た。
「この調子なら、星なんて一つたりとも見る事は出来ないね。用が無いなら僕はもう帰るよ」
「まっ! 待ってよ!」
その場を去ろうと立ち上がった僕の胸に、またカナタが飛び込んできた。
「本当に……これっぽっちも覚えてなかったの? また、会えたなら、この木の下で…………キッ……キスをしてっ! 恋人になってっ! 二人でこの世界を変えようって……!! だから私、《救世連盟》に入ったの。学校では教えてくれない脳力の色んな使い方を学んでDランクの私でも、今の聖アメリア学園の入試に合格したの!」
「それが?」
「それがって……そんな言い方……今だってレイ君には言えないけど、《救世連盟》ではすごい計画が進んでて――!」
「それは《低脳力応用成長化計画》のことでしょう?」
「ど、どうしてそれを……!? 特に王族には伝わりにくいコネクションで計画を広めてるのに!?」
カナタは信じられないと言った調子で目を見開いて僕を見上げるが、その疑問に僕は答えることはなく話を続ける。
「あの計画は《救世連盟》のリーダーである『救世者』が作った脳力の応用案を実行し、低ランクの脳力にも活躍の場があることをより多くの人に知ってもらうことが最大の目的です。だが低ランクの人々の活躍の場は変わることは無く、職業変更を国に申請しても無視されて終わり。これではたとえ脳力に少しばかり応用が利くようになっただけで不十分だ。……違うかい?」
カナタはその問いにただ、黙っていることしかできない。
なぜなら一語一句全てが事実であり、変えがたい現状だから。
そしてそれは、僕が変えれなかった現状でもある。
僕らの間に完全に言葉が消えうせても雨は勢いを収まることを知らず、ただただ無情に、僕らの子供の頃の熱意すらも冷ましていくようだった。
僕は僕の服を掴んだまま俯くカナタを引き剥がす。
僕の服を掴むカナタの手には先ほどのような力強さは無く、まるでカサブタを毟り取るように自然と僕達は離れた。
「…………じゃあ、僕はもう行きます。学校でももう…………関わらないでください」
「…………………………………………」
何も言わないカナタの顔を一瞥して、僕はそれから一度も振り返らずに家路に着いた。
最後に見たカナタの頬に流れる雫が、彼女の涙でないことを願いながら。
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