第44話 エピローグ~約束を果たす日~

 アドラとの試合が決着してからまもなく、野次馬の誰かの通報により駆けつけた王直属の騎士団により、僕とアドラは連行された。


 今回の一件は、やはりアドラの独断専行だったため、アドラは王位継承権一位の座から引き摺り下ろされ、僕は一週間の自宅謹慎処分を言い渡された。

 だが、今の僕は一週間も待つなどできるはずも無く、謹慎三日目の夕方、こっそりと自宅を抜け出してカナタを探しに出かけた。


 クライが連れて行けとうるさかったが、今回ばかりはアドバイスを貰う訳には行かないと思い、グラナドラは部屋に置いてきた。


 そして、真っ先に思いついた場所に僕は向かった。


「やっぱり、ここだったんだね」

  

 やはり、カナタは街外れの丘の木の下にいた。僕たちの約束の木の下だ。

 

「えっ…………? レイ……君?」

 

 予想外の事態に驚きを隠せないカナタ。まだカナタの腕や足には包帯や手当てされた後も残っているが、特に後遺症が残っている訳でもなさそうで、とりあえず安心した。


「傷の方はもう大丈夫かい? こっぴどくやられてたからすごく心配してたんだ」

「そ、そうなんだ…………。傷の手当は学園にいた女の先生の脳力で治してもらったから、あの日の夜にはほとんど完治したよ」

「そうか、良かった」


 そういえば、入学式に返り討ちにした赤服の生徒を治療していた先生がいたっけ? 回復系の脳力は稀少な物だし、きっと同じ人だろう。 

 

「隣、座っても良いかな?」


 僕が指でカナタの横を指差す。

 すると、カナタは何も言わずに静かにうなずいたので、僕はカナタの左側に腰掛け、夕日に照らされる街並みを見ていた。


 お互いに何も喋ることも無く、そんな時間だけが流れる。

 そして、その静寂を破ったのは、僕だった。

 

「カナタ……今から大事な話をするから、よく聞いて欲しい」

「…………………………………………………………」


 僕の声が届いていないのか、カナタは静かに暗くなる街の変化を見ていた。


 だが、今日は違う。


 あのアドラの中にいた転生者との戦いで、僕は自分で思っている以上にカナタを想っていることに気付いたんだ。

 だから、今日、ここから僕は二人で人生を歩んで生きたい。

 一度、大きく深呼吸をした僕は体をカナタの方に向き直し、しっかりとした口調で言う。


「…………僕は君が好きだ。付き合ってくれ」


 ついに言えた。

 初めて再会した時から言いたかった言葉を。カナタもきっと喜んでくれると思った。

 

「ごめんなさい…………私は、レイ君とは付き合えない…………」


 僕は耳を疑った。だが、聞き間違えない訳が無い。言ったんだ、カナタが、僕とは付き合えないと。

 

「…………僕のこと、嫌いになったの?」


 首をブンブンと横に振り、カナタは否定する。


「違うの、レイ君は悪くないっ……! 悪いのは……全部、私だから……」

「どういうことだい? カナタに悪い所なんてある訳ないだろうっ。僕は知ってるよ、君がどれほど強い心と優しい心の持ち主なのかを。僕は君がいなかったら王族という枷に囚われて一生孤独のままだった。そんな君が悪い訳ないじゃないか」


 僕の言葉にカナタは堪えていたものが溢れ出たように、カナタはポロポロと涙を流した。

 

「違うの……本当は、私は…………強くなんてないの……。いつもここで泣いてたよ……。レイ君が引越しした日も、入学式で無視された時も、デートが終わってレイ君が帰った後も…………ずっと、泣いてたよっ!!」

 

 その叫びを皮切りに、どんどんとカナタは自分の涙や鼻水で顔を汚しながらも、その言葉の勢いを増していく。

 

「レイ君のお兄さんとの試合だって、レイ君の努力を証明するとかなんとか言って、結局は私がレイ君に好かれるためにやったことで、しかも負けて、レイ君をまた傷つけて、迷惑をかけてっ! こんな…………こんな、わだじ……わだじは…………もう、レイ君も、わだじも好きになれないの…………!! 自分勝手で……ぇっく……ごめんなざぃぃぃ……!!」


 その言葉を聞いて、僕は過去にクライに言われた言葉を思い出していた。

 それはあの時、僕もカナタのことを思ったつもりで言った良い訳を否定するためにクライが言った言葉だ。


 そして、その言葉の回答を僕はすでに知っていた。

 その答えとはただ一つ――

 

「ひゃっ…………ぇ…………?]


 ――僕は泣きじゃくるカナタを引き寄せ、抱きしめた。

 

「それでも僕はカナタに救われたんだ。だから、自己満足なんかじゃない」

「いいよ……もう……。約束は果たしてくれたんだから、もう私なんかに関わらなくたって――」

「違う、それだけじゃない」

 

 僕はカナタの肩を持ち、お互いの顔が見える様にする。それでも俯き続けるカナタに僕は語りかける。

 

「この気持ちは約束だけの物じゃない。こんな風に誰かに支えられてないと生きていけない僕を、ずっと好きで居続けてくれた君の気持ちに応えたいんだ」

「……レイ君……」

 

 顔を上げたカナタと僕は自然お互いに見つめ合い、その視線が外れることは無い。

 引き込まれるような深紅の瞳が涙で潤い、そこに夕日に照らされる僕の姿が映った。

 やはり変わってない。どこまでも清廉で、静謐で、熱い眼差しにいつまでも見つめられたいと思った。


 そんな愛おしい気持ちも、カナタを助けたいと思う気持ちも、それら全てをない交ぜにして僕はカナタに想いを告げる。

 

「僕は君が好きだ。付き合ってくれ」


 先ほどとまったく同じ言葉。違うのはカナタの瞳から零れる涙が悲しい物では無いことだ。

 

「私も…………レイ君が、好きっ……好きになれない訳が無いっ! 私は、レイ君とずっと一緒に居たいよ! だから、私を…………私をレイ君の彼女にしてくださいっ!」


 そう言うと、カナタは僕の胸に飛び込んで泣きじゃくった。

 僕はそんな彼女の頭を優しく撫でる。


 昔からカナタが僕にしてくれた様に今度は僕がカナタを慰めよう。励まそう。そんな気持ちで心がいっぱいになることに喜びを感じる。


 そして実感する。


 世界はまだ僕達に冷たくて、家族にも認められてはいないが、そんなことは関係なかった。

 僕たちはどちらから言うでもなく、自然と引き合う様にお互いの唇を近づけ、キスをした。

 それはただの触れ合う様な子供のキスだったが、僕の体は燃える様に熱くなった。

 

 こうして、僕たちの約束は果たされた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔王に魂を乗っ取られましたが、結果、幼馴染とも付き合えて僕は幸せです 友出 乗行 @tomodenoriyuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ