第43話 本物の魔王、そして、本物の戦い

 駆け出した俺は、初めに剣を持った分身三体を切り伏せる。だが、その後ろに隠れていた槍兵五人の同時攻撃を《アクア》の噴射で後ろへ飛び避ける。

 噴射を勢いを殺すことなく、今度は炎を纏った拳の裏拳で背後から斧を振り下ろそうとしていた敵の顔面を吹き飛ばし、残った体を強化した蹴りで吹き飛ばし、後ろの敵もろとも倒す。


 残り九十三人。

 

「いくら息巻いたところで、この数を一人の人間が敵うはずがないよ~~。早く諦めな」


 銃弾の雨を《生殺与奪ギブ・アンド・テイク》の右手の波動で吹き飛ばし、左手で敵五人による脳力の合体攻撃を吸収。先ほどの銃弾攻撃が来た場所を把握した俺は、《生殺与奪ギブ・アンド・テイク》の右手の放出を敵援護部隊の浴びせ半壊させる。残り六十八人。


「夢を叶えられる者っていうのは、僕チンのご主人様みたいに生まれ持った才能や力がある人って決まっている。そういう点では、この時代も僕チンらの時代も絶対に変わらないよね、”人は生まれ持った脳の出来で、その人の価値が決まる”っていうのも」


 警戒した分身たちは槍・剣・銃の三つの層でできた陣形を組み、一つの層十人がかりが時間差で俺に攻撃を開始する。

 俺はまず槍の穂先を全て切り落とし、剣の斬激を上に跳んで避け、それを見抜いていた銃の部隊の弾丸を『水色景色アクアリウム』で封じ込める。

 全ての攻撃を搔い潜った俺は、隙だらけになった部隊の背後から《固定概念アブソリュート・ギア》の固定と別離の応用で生み出した空気砲で、三つの層の敵を全て吹き飛ばした。

 

 残り三十八人。


「だから……抗うな、望むな、夢を見るなっ! そんなことしても、僕チンに…………僕チンに…………っ!」


 アドラの言葉に迷いが生まれた。それに呼応するように、分身たちの動きも雑になり、攻撃がおざなりになった。


 そしてその隙を、俺は見逃さなかった。


 一太刀を避け、斬る。二撃、三撃を避けて、斬る。左にも続けざまに、斬る。後ろの二体も、斬る、斬る。


 残り三十三人。


「やめろ…………無駄だって…………」


 ――斬る、斬る、斬る、一度下がり、フェイントを入れて、斬、斬、斬。


 残り二十七人。


「そんな…………ありえない……。こんなのっ!」


 ――斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬。


「僕は選ばれたんだっ!! あのお方に……本物の魔王様にっ!! だから、この僕チンが負けるはずがないんだっ!!」


 ――前、後ろ、上、下、右、左、回転斬り。一度横に飛んで、背後からの斬激。打ち合った剣ごと斬り伏せ、その後ろの敵も続けざまに斬る。斬る。斬る。銃弾が頬を掠めることもなく、それすらも弾いて正面から斬る。援護射撃がなくなり、陣形が崩れたところを見逃さず、斬る。


 そして、逃げる分身三人の無防備な背中に横一閃。三人は同時に倒れ、校庭で立っているのは俺一人となっていた。


「どうやら、お前の下まで切り拓けたみたいだな、アドラ」


 本体であるアドラを俺はまだ斬っていない。

 だが、百の脳力持ちの部隊を切り崩されたアドラには、すでに戦うだけの気力は残って折れず、尻餅を付いて俺の顔を見上げる。


「何故……? 何故、あれほどの数の僕チンの分身が…………」

「もう分かっていると思うが、俺の転生者は元魔王、クライ・リブンロック。奴はこの時代に転生する前に、仲間を逃がすために一人、城の中で人間たちと戦い続けた」


 これは俺が融合した時に、少しだけ見たクライの記憶。

 燃え盛る城の中、一人で人間を切り伏せる魔族の王の戦いの記憶。それが経験値となって今の俺を支えている。


「それがどうしたっ!? たかだた時間稼ぎの篭城戦。そんな中での戦闘の経験値で、僕チンの『百武人器ミリオン・マーダー』を越える訳が――!!」

「そして、その敵の数は一万五千人。増援も合わせれば、ざっと三万人だ」

「さ、さ、さ……万? 三、万…………っ!」


 アドラは何度も同じ数字を口ずさみ、現実をなかなか受け入れないでいた。

 三万人の人間と戦うクライの戦闘の記憶。仲間を逃がすために、たとえ手足がもげようと。たとえ、魂がズタズタになっても、それでも、魔王として戦い続けたクライ。

 その戦いへの覚悟は、あれ程クライを毛嫌いしていた僕でさえ、少し尊敬してしまった程だ。


百武人器ミリオン・マーダー』が決して弱いわけではない。ある程度の武器の技術を持ったアドラの転生者がそれを使えば、戦場ではかなりの功績が期待されるだろう。


 しかし、国のため、民のため、仲間のために戦い続けた覚悟と、技術と、魂を持ったクライ。そして、そのクライと融合した俺相手には、いささか相性が悪すぎたのだ。


「受け入れろ、アドラの転生者。お前は負けたんだ。この俺が、ここに来た時点で」

「う、う……うおおおおおぉぉぉおおおおおぉぉっっっ!!」


 アドラはやけくそに俺に突撃してきた。策も、力も、技術もないそのチンケな攻撃に俺は何一つ焦ることなく、ゆっくりと足を進める。


「さらばだ。俺の相棒と同じ、古き時代も魂よ」


 送り人の鎌が振り下ろされるのと、俺が剣を振り下ろすのは同じだった。

 互いに背中合わせのまま、武器を振り下ろした状態のまま立ち尽くす。

 だが、すでに勝負は付いている。


「ぐぐっ…………!!」


 アドラの手元からくぐもった声が聞こえた。その瞬間、送り人の鎌に亀裂が走った。

 亀裂は崩壊へのカウントダウンを知らせるようにどんどんとその裂け目が広がっていく。そうしていく内に使い手であるアドラが頭から突っ込むように倒れた。


『何故なんだ…………なんでこんな偽物の魔王なんかに…………』


 アドラの声とは違う、若い男性の声が響いた。

 その声はアドラの口からではなく送り人の鎌から響くように聴こえていた。この声こそがアドラの転生者の声だろう。

 

 俺が鎌の傍まで歩くと、転生者は鎌の刀身を震わせて、プライドもなく俺に命乞いをしてきた。


『なっ、なあっ! し、知りたくないかいっ、僕チンの魔王様のことをっ。もし、この鎌の亀裂を君の魂魄媒介ソウルギフトで固定してくれるのなら、教えてもいいよ! ほらっ! 僕って優秀だから、情報には信憑性はあるよ!』


 確かにクライ以外にも転生している奴らがいることが分かったし、他の情報を聞き出すの悪くは無い、が。


「いや、結構だ」


 俺が冷たく告げると、アドラは鎌の刀身をさらに震わせて、これ以上ないくらい恐怖を表す。

 

『まっ……待ってくれよっ!! 今こ、ここで僕チンを殺しても殺さなくても君には一つも得は無いだろっ! だから、もし、僕チンをここで見逃してくれれば、今僕チンが知っている情報全てを提供するよっ!! 君もこの世界に転生してから日が短いだろうし、知らないことの方が多いだろっ!! ここはそれで手打ちにしよう! ねっ!? ねっ!?』

 

 必死に自分を生かすメリットを告げる転生者に対し、俺の返事は短かった。

 

「魔王なら知っている。うざくて、偉そうで、プレイバシーの欠片もない失礼な奴だ。でも……」


 俺はクライと出会ったこれまでの短い期間を思い出した。いらつくこと、うるさかったこと、面倒なこと、体が突如乗ったられて困惑したこと、怒られたこと。


 この短期間ではありえないくらいに濃厚な日々だった。だがそれを思い返していると、自然と俺の口元は緩んでいく。


 奴のことなら、少なからず知っている。


「……でも。誰よりも誇りと自分を持っていて、悩むことない信念がある、そんな誇り高き魔王、クライ。リブンロックだ」


『っっっ……………………!!??』

 

 今度こそ言葉を無くし、絶望したように鎌は声を失った。

 そして今度こそ俺は、グラナドラを逆手に持ち頭上高く持ち上げる。すると、それを見た転生者は、俺が何をするかを察し、必死に俺を止めようと声を張り上げる。

 

『待て待て待て待て待てっ!! ちゃんと話し合おうっ!? 今までのことも全部謝るから、だから頼む、殺さないでくれっ!!』

「お前は何か勘違いしていないか? 俺が欲しいのは謝罪でも、情報でも無い。俺が欲しいのはただ一つ――」

 

 剣の切っ先を送り人の鎌に向け、冷血とも言えるほどに淡々と告げる。

 

「――お前のようなすぐに仲間を売るようなゴミが、俺やカナタの人生に関わらない保障だけだ」 

『やめろおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!』


 俺は剣の切っ先を勢い良く鎌の刀身に突き刺した。グラナドラは送り人の鎌の刀身を貫通し、地面に突き刺さる。

 刀身が折れた送り人の鎌は砂煙の様に霧散し、その場から消え去った。


 転生者の魂が入っていた器がなくなった今、もうあの魂がこの時代に現われることはない。

 戦いはこうして終わりを告げた。だが、今度は手を抜かない。 

 

「おい、そこの審判」

「はっ、はい!?」

 

 俺は校庭の端で離れて見ていた審判役の生徒会副会長を呼び出し、倒れているアドラを指して言う。

 

「アドラは倒れた。ということは、何か言うことがあるんじゃないのか?」

 

 俺がそう言うと副会長は俺とアドラの真ん中まで駆けつけ、アドラの容態を確認してから、か細く宣言した。

 

「…………勝者は……レイジア・ガレアス…………です……」


 一応、副会長の言質を取って勝利を確信した俺は、静かにグラナドラを鞘に仕舞い込んだ。

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