第42話 理想と希望を抱いて

 俺が剣先でアドラを指すと、アドラは突然吹き出すように笑いだした。


「きゃはははは! なるほど~~。どうやらあなた様も転生されていたようですね。元魔王気取りの、クライ・リブンロック様」

「今さら気付いたところで遅い。もう勝負は付いた」


 全ての奪われた脳力を奪い返し、瞬間移動も俺には効かない。圧倒的に不利な状況で、それでもアドラは狂ったように笑い続ける。


「きゃはは、そうですね、勝負は付きました。あなたがあの日、魔王城を攻め落とされたあの時から、すでに勝負は付いていたのですよね~~」


 アドラが右腕をあげると、その掌から黒い玉が現われる。見たところあれ自体は攻撃の手段ではないらしい。


「まだ悪あがきをするつもりか。クライの妻の武器を用いてもその程度の力しか使えないお前に、魔王まで昇り詰めた俺には敵わん」

「魔王まで昇り詰めたのは過去の話。今、その栄光をこの僕チンの力で、踏みにじってやるっ!」


 アドラがそう言い放った時、黒い玉から四方八方へと、あらゆる類の武器が校庭中に散らばった。その数は優に百を越え、その全ての武器に魂を感じることができた。


「これだけの数の人から、魂を奪っていたのか…………」


 自然と握る力が強くなる拳を冷静に抑えて、その場の状況を理解する。


 これだけの武器とそれに加わった脳力。これを全て使えば、一個の軍隊と相対することができる。そして俺はそれを相手に一人で戦わなければならない。が、しかし――


「これだけの武器を出したところで、お前の逃げ道が増えるだけだ。俺に勝つ秘策にはなりはしない」

「もちろんこれだけではありません。僕チンの本当の力は、ねっ」


 アドラが魂魄媒介ソウルギフトを発動する。

 すると、それに呼応してアドラが召還した百の武器の柄や持ち手に透明な腕が現われ、それが次第に一人の半透明な人の形をかたどっていく。

 その透明人間たちは武器を各々武器を構えると、俺に向かって臨戦態勢を整える、一つの部隊ができあがった。


魂魄媒介ソウルギフトを極めし者は自分の魂を解放し、一騎当千の技――魂魄権限ソウルブラストを放つことができる。そしてこれが僕チンの魂魄権限ソウルブラスト。百の武器に倒れることの無い百の僕ちゃんの分身を召還し操る技、『百武人器ミリオン・マーダー』。これで戦況はがらりと変わりましたね~~」


 数で言えばこれは一対百一の勝負。さらに奴が召還した百の分身たちの武器には人から奪った様々な脳力が宿っている。

 傍から見れば確かに戦況はがらりと変わったかも知れない。だが、奴は幾つかの間違いを犯した。


「お前、さては馬鹿だな」

「は? 一体何をおっしゃっているのですか?」


 俺の言葉に眉間に筋を寄せるアドラ。俺はそんな奴の不機嫌面に向けて変わらぬ調子で答える。


「お前が召還したのはたかだか百のお前の分身だ。百人じゃ一騎当千とは呼べないだろうが」

「っっっ…………!!」


 俺が言い切ったと同時に、アドラに分身百人の攻撃が、四方八方から俺を襲う。

 敵の剣からは雷が、槍からは炎が溢れかえる。風の脳力によって加速した銃弾の援護射撃が、雨の如く降り注ぐ。


「生意気なことばかり…………。時代遅れの魔王風情が調子に乗るからこうなるのです。全てはあの方の野望のままに。もう魔王でもない貧弱な魂はここで滅びるのです」


 俺がいた場所は瞬く間に炎の包まれていた。あの波状攻撃はそれほどの威力を秘めていた。


「ではどうやって滅びるか、見せてもらおうか?」


 突如、背後から現われた俺に、アドラは反応することが遅れた。瞬間移動の暇も与えることなく振るわれた俺の横薙ぎの剣。それを辛うじて、瞬間移動した分身が受けた。

 

 分身はそのまま持っていた剣ごと消滅し、霧散する。アドラはその隙に離れた別の分身の武器近くに瞬間移動して難を逃れた。


「どうゆう……ことだ……? 何故あの攻撃を避けれた!?」

「あの程度のこともできなければ、魔王は勤まらんよ。あそこを良く見ろ」


 俺が先ほどまでいた場所に取り戻したカナタの脳力、《アクア》で火を払うと、その場所には無かったはずの大穴ができていた。


 アドラはそれに気付くと、改めて今俺がいる足元を確認する。そこには、同じような大穴ができており、俺の服には土が付いていた。


「なるほど。僕チンが奪った脳力の中に穴を掘る脳力があったのですね。しかし、そんなまぐれはもう通用しません。僕が奪った脳力のほとんどは取るに足らないカスの低脳の力ばかり。そんな者たちのあり合せでは、僕チンの軍隊に敵うはずがない」

「取るに足らないカス、か…………」


 そんな言葉は散々聞いてきた。

 低脳、役立たず、生まれてきたことが間違いだと、平気でお前らは言う。そんな彼らが母を、友を、仲間を助けるために、自らを傷つけてきたことを知らないで。


「ならば、今から俺が証明してやる。この世に、不必要な人間などいないということを!」


 それを皮切りに俺は分身たちへと駆け出す。奴らは俺が真っ直ぐに来るのを見ると、陣形を組み替えて部隊を平等に前後二つに分断する。


 後ろの部隊から、遠距離に特化した攻撃を俺の進行を阻むと、その隙を突くように前の部隊が接近戦を挑もうとする。


 俺はその攻撃を左手で受け流し、去り際に背中を斬りつける。それを横にいた敵が土塊を纏った拳でもって俺を殴りつけるが、俺はそれを《アクア》の噴射で上へ飛ぶ。


「きゃははは! どれだけ威勢が良くても、彼らの包囲網は破れない。そして……これにも!」


 援護射撃していた部隊は脳力を合わせて一つの砲門を作りだす。そこへ自分たちの炎・土・鉄・水・雷・風の六種類の性質をもったエネルギーを、俺は脳力で感じた。


「発射っ!!」


 アドラの掛け声で放たれた高出力のエネルギー弾を察知した俺は難なく地面へと逃げようとした――



「っ…………!!」


 ――その時、背後を横目に見た俺は、咄嗟に《生殺与奪ギブ・アンド・テイク》の左手の脳力で、そのエネルギー弾を受け止めた。

 

 だが、高出力のエネルギーを吸収し続けた俺の体への負荷は止まることを知らず、全てのエネルギーを身体に溜め込んだ俺の体は、動くたびにまるで軋むような激痛に苛まれた。


「お前、後ろの奴らごと俺を殺るつもりだったな…………」


 俺の後ろには、戦いを観戦していた白服生徒たちがいた。もし、俺があの攻撃を避けていたら、あいつらは今頃そこにはいなかっただろう。


 生徒たちはエネルギー弾の恐怖が去ってもなお、頭を抱えながら震える者や、未だに生きた心地がせず、息が乱れている者もいた。

 そんな彼らを見て、アドラは嗜虐的に笑う。


「それの何が悪いんですか~~? 彼らのようなカスの替えなどこの国にはいくらでもいます。あんな奴ら消えても誰も困らない、いえ、むしろあなた方が喜ぶまでもある」

「俺たちが喜ぶ……だと……?」

「だってそうでしょう? 今まで散々あなた救世連盟を苦しめていたのは、僕チンの身体であるアドラを初めとした白服生徒たちでしょう。なのに、何故あなたは、そんな彼らを助けるのですか?」

「…………それが、カナタの理想だからな」


 俺は遠くの木の下でこちらを見るカナタを一瞥して言う。


「みんなと、そして俺と幸せに生きれる世界にしたい。それが俺とカナタの望む世界だ」


 俺の言葉にアドラが首を傾げるが、俺は言葉を続ける。


「そんな綺麗事を、カナタは平気で何でもないように言った。だからこそ、そんな淀みのない理想の足元に、誰かの屍が転がっているのは俺が許せない」

「たとえ、それがあなた方がこれから戦う白服の生徒や国だとしてもですか?」

「そうだ」


 俺がそう言い切ると、アドラは俺の答えに不満を込めた溜息を吐く。


「くだらない、実にくだらない。そんな理想を語っているから、あなたはこれから殺されるんですよ~」

「理想も語らず、希望が持てる訳がないだろう」


 アドラの眼がさらに鋭さを増すと、アドラは手を軽く上げた。


「もういいです。たくさんだ。君みたいな奴は、僕チンの前からとっとと消えろ」


 アドラの上げた手を下げた瞬間、百の分身たちの攻撃が一斉に始まった。

 避ける隙間もなく、地面へと逃げる暇さえない攻撃の波。それらが俺の全方位から襲い掛かる。そしてそれらの攻撃の一つ一つは重い。


「そうは行かない」


 俺はグラナドラを力いっぱい振るい、俺の周りを囲っていた敵陣を吹き飛ばした。

 その光景を離れて見ていたアドラは驚愕のあまり言葉を失っていた。


「小細工も、避ける暇もないのなら、方法はただ一つ――」


 理想を語るには力がいる。

 希望を与えるには優しさがいる。

 それを二つの魂で理解した俺に、今さら消えることなどできるはずがない。


 俺は剣を小さく構え、未だに口を半開きにするアドラに向かって、俺は言い放った。


「――全力で目の前からぶつかって、俺たちの未来を切り拓くまでだ。今も、そして、これからも!」

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