第3話 入学式

 それから五年後の新界暦六百十五年。


 脳力至上主義を掲げる一つの国、ガレアス王国。

 それを象徴するように隔てられた十層の関門により身分の差を明らかにされた国である。

 中心に行けば行くほどに裕福になり、外側に行けばいくほどに貧しい暮らしを強いられていた。


 そして今日は、ガレアス王国の首都である第一層都市アメリアが誇る、国立聖アメリア学園の始業式であった。

 

 新入生たちはまだシワの跡も見当たらない真新しい赤と白の二つの制服を身につけ、学園の大ホールの中で整列させられていた。

 

 緊張で手を湿らす者から新しい日常に胸を高鳴らせる者まで総勢に二千人が今日、聖アメリア学園の生徒となる。

 

「新入生代表、レイジア・A・ガレアス」

「はい」

 

 学園長に名前を呼ばれ、僕は自分の席から大ホールの壇上に上がり、学園長の前で新入生代表の挨拶をする。


 それが一通り終えると、僕は後ろにいる学園長の方に向き直る。

「入学おめでとうレイジアさん。学園長として、母として、とても喜ばしく感じております。その調子で、この学園の存在をこの国全土に知らしめてください」

 

 僕は肩を竦めてやる気の無いように答えてみる。


「あまり気乗りはしませんが、まぁやれるだけやってみます」

 

 学園長__母は何がおかしいのか、笑いを堪えきれなかったようでクスクスと笑いだす。

 

「どうかなさいましたか? お母様」

「失礼しました。ですが、あのレイジアさんがそんなことを言うのに、あまりにも違和感を覚えてしまって」

 

 普段の様子を僕は改めて思い返してみると、確かに僕がそんなことを言うのはおかしいのかも知れないが、本心だから仕方が無い。

 

 まだクスクスと笑う母に、もう一度一礼をして踵を返すと、目の前には拳大の火球が迫ってきていた。

 

 そんなものに当たれば、当然、顔面が焼け爛れることになりそうだったので、僕はそれを難なく左手で掴んだ。

 

 すると、先程まで僕に向かっていた火球は少しの火の粉も残さずに消え失せた。

 

 一息ついて、僕は火球が飛んできた方角を見ると、一人の赤い制服を着た生徒が僕を睨んでいた。

 

「死ねぇぇぇ!! ”外道王子”がっ!!」


 あからさまな敵意を剥き出しにする赤服の生徒は、近くにいた教師達に即座に取り囲まれ、取り押さえられそうになるが、それよりも早く自身の手の平に圧縮した炎を射出し、その勢いで僕に向かってくる。


 だが、対して僕は先程と同じように、焦ることなく、ゆっくりと右手の掌を向かってくる赤服の生徒に向ける。

「さっきのは君の炎だったんだね。じゃあ――返すよ」

 

 すると、赤服の生徒は、僕が右手から放出した火球に焼き尽くされ、一瞬の内に火だるまとなる。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!?」

 

 火だるまになったその生徒は、先ほどその生徒を取り押さえんと集まっていた教師の一人の治癒系統の脳力により、火傷の回復を受けているが、未だに体をピクピクさせており、まるで干上がった湖に現われた魚のようだった。


「あ~……。ごめんね。他人の誠意には全身全霊で返せって父上に言われているから」


 もちろん、そういう意味ではない事を僕は知っている。


 * 


「ああいう目立つことはしたくないんだけどな……」

 

 あの入学式の後、教師につれて行かれた僕__レイジア・A・ガレアスは、ちょっとしたお小言を言われて、自分の教室の白服生徒の校舎塔の廊下を歩いていた。

 小言と言いつつもこの脳力主義社会のガレアス王国内で僕に意見を言える人など親類ぐらいなものだが。


 この国立聖アメリア学園は、僕の父リバル・A・ガレアスが統治するガレアス王国の中で、最大規模の王城を改築した学園で、僕の母アルメリア・ガレアスが学園長を務める学園だ。


 先程の騒ぎを起こして、指導教員に捕まった僕だったが、父と母が王族でもあるせいか、あまり教員による説教も無く思ったよりも早く解放された。


 そんな学園だからか、僕は今日から始まる新たな学園生活に胸を躍らせることも緊張することもなく教室の扉を開いた。


 僕が扉を開くと、先程までは廊下まで響き渡る程騒がしかった生徒達は、急に静まり返り、小さな声で噂話のように話し出す。

「い、いらっしゃったぞ……!」

「あぁ、本物のレイジア様だ……!」

「しっ! あんた達、静かにしなさいよ。失礼じゃないのっ!」


 ……なんだかとても緊張させてしまっているみたいだ。


 みんな僕のことを恐れているのか知らないけど、顔を背けられるのは少々傷つく。


 僕が教室のドアに立ちっぱなしだったせいか、教師と思われる眼鏡の女性が僕に声をかけてくれた。

 生徒たちの反応がこれなのだから、一番責任に問われる教師の反応も想像が付く。


「よ、よ、ようこそっ! 聖アメリア学園へ! 私がここのクラスの担任を受け持たせて頂きます、ラムダ・エ~レンですっ! 何卒、何卒よろしくおねがいします! レイジ様!」


 ラムダ先生はプルプルと体を震わしながら深々と礼をし、それをクラス中の生徒達が見つめていた。


 まったく。

 礼儀も過ぎれば皮肉になることを知らないようだ。


 これは少し暖かい言葉でも送って、フォローでもしておかないと返って学園生活を送りにくくなるな。仕方ないがさっそく一芝居うつとしよう。


「ラムダ先生」

「はっ、はい!」

 

 僕はにっこりと笑いかけ、先生に優しく語りかける。


「そんなに緊張なさらないでください。僕は確かに王族ですが、僕自身には、誰かに罰則を与える権限を持っているわけではないので、どうかクラスの一人の生徒として扱ってはいただけないでしょうか?」

「は、はいっ! 申し訳ございせん!! レイジア様! お気を使わせるような真似をしませんよう全力で精進いたしますっ!」


 いや、だからそんなことに精進してもらっても困るのだけど……ついでだし、生徒の方にも印象を植え付けておくか。


「では、ラムダ先生。僕は少し遅れてしまってタイミングを逃したのかも知れませんので、軽く自己紹介をさせていただいてもよろしいでしょうか? 僕も、早く皆と打ち解けたいので」

「も、もちろんですっ! どうぞ、こちらへ!」

「ありがとうございます」

 

 僕は、先生が離れた教壇に立ち、自己紹介をする前に軽く息を吸ってから話し始める。

「始めまして。これから一年、皆と同じクラスメイトになるレイジア・A・ガレアスです。さっきも言ったけど、できるだけ皆と早く打ち解けて、仲良くなりたいと思っているので、どうか仲良くしてください」

 

 僕が軽く一礼すると、クラスから拍手と色々な小声が聞こえる。

「さすがレイジア様だ……教師に対してだけでなく俺達にも親切とか、器がでかすぎる……」

「さすがはこの世に約二十人しかいないSSランクだな……」

「私、レイジア様を見るまではIQの高さで人の出来が決まるなんて嘘だと思ってたけど、やっぱり、レイジア様を見るとそれが本当なんだなって気がするよね」

「わかる~。レイジア様みたいに、爽やかイケメンで、人柄も良いなんて、SSランクじゃないと説明がつかないもんね」

「さすが、俺達、白服生徒の鏡だな」

「今朝の入学式でも、躊躇い無く赤服の『脳無し』を蹴散らしてたしな」

「あぁ。あれには痺れたぜ!」

 

 どうやら、堅苦しい王族というイメージの改善は成功したらしい。最初の一歩としては上

々じゃないかな。


「あの~……すいませんレイジア様……」

 

 そう思っていると、ラムダ先生が僕の横から申し訳なさそうに声をかけてくる。

 

「もうすぐホームルームの時間でして、よろしければ、レイジア様の席を案内させていただけないかと……?」

 

 案内って、言ってもどうせ三歩くらいの距離だろ。さすがに怖がりすぎじゃないかな?

 

「はい、お願いします」

「で、では、そちらの一番ドアから近い前の席です。どうぞお座りください」

「はい、ありがとうございます」

 

 僕は誘導された席の椅子を引いて座る。本当に三歩の距離だった。

 僕が座ったのを確認すると、ラムダ先生は改めて、教壇の上にあるプリントを手に取り今日の予定を伝えていく。

 

「今日はみなさん入学めでとうございます。

私はこのクラスの皆さんには共に苦楽を共にし、笑い、泣き、思い出のある一年を作りたいと思っております。そのために今日はこの後は自由解散なのですが、皆さんにはクラス委員長をやっていただきたいと思います。どなたか立候補、または委員長に相応しいと思う方を推薦する方は手を挙げてください」

「はいっ!」


 そういうと、ラムダ先生が話し終えるのを待っていたように、即座に後方から声が上がる。 


「私はレイジア君を、クラス委員長に立候補します!」


 ……この鈴の音のように響く声は、聞き覚えのある声だな。


 心の中でため息を吐きながら、僕が後ろを振り向くと、そこには一人の女生徒が手を高く上げて、僕にウィンクをしていた。

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