第4話 ユリねぇ
僕に今熱い視線を送っているのは、彼女の名前はユリエ・ガレアス。
僕の一つ上の姉で、今年、僕と一緒にこの学園に入学して来た。
腰まで伸ばした黒髪に、花の刺繍がある白いカチューシャを頭に付けている。
スタイルも良く、国の中でもトップクラスに入るレベルの美人(姉さんが自称している)である。
特にその胸は十代の平均の大きさより突出しており、子供の頃から見てきた弟の僕でさえ、未だに慣れない程である。
先ほどの挨拶でも、ずっと僕を見つめていたが、まさか、クラス委員長に推薦してくるとは……。
僕の姉なら、僕が目立つことをするのが好きでないことくらい知ってるはずなのだが。
だがこのまま黙って推薦されては堪らないので、仕方なく僕は手を上げて姉に疑問をぶつけようとした。
「失礼ですがユリエさん。質問しても__」
「ユリねぇって呼んで、ね」
「……………………ユリエさ__」
「ユリねぇって呼んで、ね」
どうやら姉さんは立場や場所などお構いなしらしい。
だがここで折れれば、ずっとこの人のペースだ。なんとかこっちのペースに持って行くしかない。
「ユリエさん。何度言っても、僕はそんな呼び方はしま__」
「ユリねぇって言わないと、私が特選したレイジア君の恥ずかしい幼児時代の写真を学園中にばら撒くよ」
「ユリねぇすいません! それだけは勘弁してくださいお願いしますっ!!」
「よろしいっ。やっぱり、今でもお姉ちゃんが大好きな弟のままでよかった~。もう、レイジア君ったら隠さなくてもいいのに。でも、そんな所もかわいいからなぁ~」
ほぼ脅迫されて言わされたのに、勝手に僕が自主的に言ったことにされるのは納得がいかない。
だがしかし、今そんなことを言ってもきっとまったく同じ感じで押し切られる気がする。
姉の権力とは恐ろしい。
そんな姉の脅威に身を震わせながら僕は、恐る恐る同じ質問をユリねぇにする。
「で、ユリねぇ。何故、僕をクラス委員長に推薦するのか、理由をお聞きしてもいいですか?」
僕が聞くと、ユリねぇはその重い胸を大きく弾ませるように胸を張る。
「だって、こうでも言わないとレイジア君は委員長をやらないと思って、お姉ちゃんが気を利かせてみました!」
「分かってるなら、なおのこと止めてくれないかな。僕が目立つ事は嫌いなの、ユリねぇ知ってるよね?」
「それでも、世話を焼きたくなるのが、お姉ちゃんというものなのです」
これだから、計画的じゃない突発的な事は嫌いなんだ。毎回毎回姉さんは僕の予想外のことばかりだ。
「ありがたいけど、僕は他にやることがあるからいいよ。逆にユリねぇがやったら?」
「そんな事言わないでよ~。それに、私は皆より一個上だし、私よりもランクの高いレイジア君がいる中で委員長じゃ、私も他の子もやりづらいと思うよ?」
確かに、姉さんは今年からやっと母さんに入学の許しを頂いたから、このクラスでは一つ年上で絡みにくいかも知れないが、確かに自分より適任者がいる中でクラスの責任者をするのは少し気が重いしやる気が出ないな。
「……なら、僕がこの学校を辞めてみようかな?」
僕がボソッっと言葉を漏らすと、僕の予想に反してユリねぇはもちろんクラス中が騒然とする。
「…冗談、だよね……?」
恐る恐る聞く姉さんの質問に僕は貼り付けたような笑顔で明るく答えた。
「さぁ、どうだろね」
*
その後クラスの空気を察した僕は、渋々自らクラス委員長に立候補し、その日のホームルームは終わった。
母から今日の学園の予定を聞いていた僕は、特に荷物も持って来ておらず、そのまま帰ろうと席を立った。
「レイジア君」
その場で振り向くと、学生鞄を持って立つ姉さんが僕を待っていた。
「やけに準備が早いね。僕みたいに何も持って来てなかったの?」
「そんなわけじゃないけど、やっぱり、一応筆記用具とノートは念のためにね」
「姉さ……ユリねぇは、今日のことを母さんから聞いてないの?」
危ない危ない……。一瞬、ユリねぇの笑顔の中に深い闇を垣間見た気がした。もう慣れるために心の中でもユリねぇと呼んでおこう。
そんな風に僕が心の中で悲しい誓いを立てて改めてユリねぇを見ると、その表情にいつもの明るさがなかった。
「あ~……うん……。ほら、私ってお母さんとあんまり仲良くないから……」
「……………………そっか。ごめん、ユリねぇ…………」
「や、やだな~。レイジア君が謝ることじゃないでしょ」
ユリねぇは無理に笑ってくれたが、その心根が笑っているとは到底思えない。
僕の家は王族の家系ゆえ子供の頃から既に脳力による実力主義社会で生きてきた。
才能のある者だけ優遇され、才能の無い者は冷遇される。それが家庭内でも既に存在したのだ。
ユリねぇの脳力は確かに強力な物だったがそれゆえにコントロールが難しく、その所為で王家の恥晒しとして、母やその側近達に陰湿なネグレクトを受けていた。
多分僕がそれに早く気付かなければ、ユリねぇはもっと遅れて学園に入学していただろう。
僕はユリねぇの手を包み込むように握りしめて優しく微笑んだ。
「大丈夫だよ。ユリねぇはもう、大丈夫だから」
そういうと姉さんは少し恥らうように顔を伏せて弱弱しい返事を返した。
「……うん。レイジア君、ありが――」
「もっぺん言ってみろやコラッ!」
その時、ユリねぇの返事を上から塗り替えるような怒声が、校庭側から響いた。
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