第5話 幼馴染
教室の窓から見ると、どうやら校門付近で赤い制服の生徒と白い制服の生徒たちが言い争いをしているのが見えた。
遠目から見ても既に一食触発の状態で、周りには観客気分の白服の生徒たちの野次馬も群がっていた。
「何度だって言ってやるよ。てめえら赤服はこの学院の汚物だって言ったんだよ」
「ただランクが高いだけで調子乗ってるんじゃないよ!」
「優秀なのは事実でしょ! それを鼻にかけて自分達が劣ってる事実を紛らわそうとするのはやめてもらえないっ!」
「何よっ!」
「何だよっ!」
その光景を僕の隣で見ていたユリねぇは、くだらないと言いたげに鼻で息を吐いた。
「……なんだか脳無したちが私たち高ランクの人間に逆らっているみたいね。本当にうっとうしいわ」
『脳無し』とは、能無しをもじった差別用語でランクの低い生徒、この学園ではAランク未満の赤服の生徒に使われている。
本来ならば、禁止されている言葉なのだが、王国の法でもランクが全ての事柄に関与するため学院での生徒の個人の差もランクで決まってしまい、それを良しとしない赤服生徒が暴動まがいのことを起こすことがある。
そして、そういう問題を解決することが僕たち王族の仕事でもあるため、この場合は面倒だが一番早く発見した僕が解決しなければならない。
僕は今いる教室から下を覗きこむと、下の花壇の名も知らない花たちが小さく揺れているのが見えた。
アメリア学園は三年生の学園で階層ごとに学年が分けられている。そしてそれらは上の階から順に僕たち新入生である一年生から三年生という順番になっている。
つまりこの三階がこの学園の中で最も高い階層でその高さは地上から約五百メートル。常人なら窓枠が無ければ背筋が震える高さだが、僕にとっては校庭への最端ルートだ。
「…………ユリねぇごめん、ちょっと行って来るよ」
僕はユリねぇに断りを入れると、迷うことなく教室の窓から頭から落ちた。
それを見ていたユリねぇが口に手を当てて驚いていたが、そんなことは気にせずに僕は近づいてくる地面に焦らず左手を伸ばした。
すると、手首は約五百メートルの高さから落ちたことを知らないかのように音も鳴らずに僕を逆立ちさせた。
頭に血が上る前に逆立ちを止めて僕が降りた三階の教室を見上げると、教室の窓から顔を出したユリねぇが、ほっとしたようにそのあまりある胸に手を当てていた。
それを見て僕は着地した左手で大丈夫とユリねぇに軽く応えて、問題の起きている校門に向かう。
僕が来ると野次馬の生徒たちは退くように僕に道を譲り、そして僕は問題を起こしている生徒たちの中心に到着する。
「君達、校門付近で騒がしくするものじゃない。さもなければ君たち赤服の生徒を王族権限で停学処分にすることも可能だ。そこのとこを考えて発言したまえ」
まぁこのくらいのことを言えば、馬鹿でも黙りだすだろう。現に僕が一言発するだけで、流石の問題の生徒たちも見る見る内に黙りだす――
「だって! こいつらが私たちの活動の邪魔をするから悪いんじゃないっ! 私たちだって、邪魔なんかされなかったら人の迷惑のかからない様な勧誘活動しますっ!」
――と、思っていたが、一人の赤服の女生徒は変わらずに僕に対しても声を張り上げ抗議してくる。
その女生徒は子犬のような朱色の短いぼさぼさ髪、スレンダーな体系、あどけない童顔の美少女で、今でもその大きい瞳で僕の眼を睨んで離さないでいた。
どうやら僕に反論する赤服の女生徒は僕が王族だと言うことを知らないらしい。
でなければ他の生徒達のように僕に対して首を垂れているはずだ。
それにしても、ちゃんと入学式で挨拶をしたはずなのだが聞いていなかったのか? 自分で言うのもなんだが、まあまあな騒ぎを起こしたのだが……。
まぁそんなことはどうでもいい。
どうせどこかのド田舎から上京して来た恥知らずの新入生だろう。
僕が誰か分かれば誰だろうと同じようなつまらない反応をするはずだ。
「失礼ですが、僕を誰だか知っていますか? 一応、王族の王子でして――」
「王族が何よっ! そんな小さい事で私たち《救世連盟》の意志は変えられないんだから!!」
なるほど、この騒ぎは《救世連盟》の生徒のせいか。
ランク制度に反対するために作られた低ランクの人間の集まり。
その考えに賛同する生徒が何人かいることは知っていたが、まさか初日から活動しているとは驚きだ。
「意志なんて関係ありません。この学園の規則に『学内でのクラブ・委員会活動以外の宣伝活動は禁止』と……」
「規則なんて知らないし! そんなもんでも、私たちの意志は揺らぐ事はないわ!」
「……ですが、規則に従わないのならばこのまま停学にもなると先ほどから――」
「だいたいっ! なんでランクが低いだけで、私たちに対してそこまでの意地悪ができるかわからないっ!? 私たちがあなたたちに何か悪いことでもしたのっ!?」
「いいえ、そういう私的感情は関係無くてですね……」
「ま、まさか……!? 小さい子が好きな子にあえてちょっかいかけたくなるあれと同じ心境で、実は君が私のこと好きだったりするのっ!?」
――この子はどんな検討違いをしているんだ?
「いえ、ですから……そういうことを言ってるのではなくて……」
「はっ! そうか……! いや、皆まで言わなくてもいいよ。その気持ちは大いに分かるから!」
「だから、僕はそういう私的感情の話で無く、学園の規則の話をしていまして……!」
「大丈夫、大丈夫っ! 私たちの目的には、身分とかそういう細かいことの問題は解消されて、みんなが誰とでも恋愛できる世界にすることも目標にしているから、君の問題も万事解決だよ! ただ……ごめんね……私にはもう好きな人がいるから、君の気持ちには応えられないかな……。でも、めげなくてもいいからねっ! 失恋は次への恋へのスキップアップだよ、ファイトッ!」
「だからっ!! 少しは僕の話を聞いてくくれないかなっ!? 何でいつの間にか、僕が君のことを好きになっていて、しかも勝手に振られたことになってるんだよっ!?」
これじゃ恥さらしもいいものだ。
なぜただ赤服の生徒を注意しに来ただけでこんな目に逢うのか訳が分からない。
「僕はただ、このままこうして校門で活動していると、下校中の生徒にも迷惑だと言いたかっただけですっ。別に貴方のことなどどうでもいいです」
「あ、そうなの? いや~ごめんね。私って、『人の話はちゃんと聞け~』ってよく怒られるんだけどね、普段はほんっとに静かで大人しい子なんだよっ!」
どうだかな…………。
いい子かどうかはわからないけど、少なくとも本当に大人しい子は自分のことを自分で大人しいとは言わない気がする。
それとその『人の話はちゃんと聞け~』の声真似の声が高すぎないか……ワイングラスが割れそうだ。
「なのにね、昔からよく幼馴染の男の子には口を甘~くして言われてね。耳にたんこぶができるくらいだったよ」
「……それを言うなら”口を酸っぱくして言う”と”耳に蛸が出来る”じゃないかな……?」
「あっ! 間違えちゃった? まぁちょっとしたストレスミスだね! 気にしない気にしない! いや~、本当に昔の幼馴染の子と喋ってるみたいで……つい……」
……それを言うなら”ケアレスミス”では無いだろうか…。何か、ミスするとストレスでも溜まるからかな? 少なくとも、僕はイライラして仕方が無いが。
さっきも”ステップアップ”を”スキップアップ”と言っていたし……この子、もしかしなくても馬鹿なんじゃないだろうか?
だが、何故だろう。この会話に既視感と心地よさを覚えるのは。
こんなことはまるで、あの子と話をしているみたいだ。
そう、僕は過去に似たような会話を繰り広げた記憶がある。
だが今はそんなことよりも、このままこの女生徒に喋らせていたら僕がツッコミ切れる気がしない。何故かさっきから黙り込んでいるし、早いとこここから切り上げるように言おう。
「とにかくっ! ここでの《救世連盟》の活動は第二王子レイジア・A・ガレアスの名において許しません。それでも活動を続けるのであれば、このままここにいる赤服生徒は全員厳罰処分とします」
僕の身分がはっきりわかったからか、彼女は信じられないように未だ口をあんぐりと開けたまま僕を見て固まっていた。
「黙ったままなら許される訳ではないですからね。ですが今日は始業式ですし、大目に見て今回だけは見逃して――」
最後に一言だけ言い置いて僕がその場を去ろうとしたその時、彼女があるあだ名を口にした。
「レイ…………君……?」
そのあだ名を聞いた瞬間、僕は心臓が飛び出しそうになるくらい驚いた。
その呼び方をする女の子を僕は一人しか知らなからだ。
「レイ……君……!? レイ君だよねっ!? 私だよ! 子どもの頃に引越したカナタ・エイジアだよ! まさか、本当に学園で逢えるなんて!!」
彼女の名前を聞いて僕の予想は確信に変わった。
改めて彼女の姿を確認するが、どことなく昔の幼馴染のカナタっぽい気がする。
特徴的なアホ毛、子犬のような振る舞い、そして先ほどの会話、彼女が言うように僕も既視感を覚えたのは、過去に似たような会話をしたからだろう。
――もし、本当に彼女がカナタなら、僕は……
そう思っていると先ほどまで僕を睨んでいた彼女は僕の手を取り、満面の笑みを浮かべてくる。
「ねえレイ君! 私レイ君といっぱいいっぱい話したいことたくさんあるんだ! もしよかったら、このまま私と――!!」
「失礼ですが、その呼び名、止めていただけますか?」
僕は言葉とともに彼女の手を自分の手からなぎ払う。
彼女は目を見開いて信じられないような顔で僕を見つめるが、僕は目を逸らして彼女を見ないようにする。
「レ…レイ君……? なんでそんな冷たいこと言うの? 約束、忘れちゃったの? 私達の星に誓ったじゃない……二人で、世界を変えようって……」
「…………そんな約束をした覚えは……ありません。あなたは人違いをしている。僕は……あなたの知るレイ君ではありません」
「っ…………!?」
心が、魂が、悲鳴を上げているのを感じた。
だが、半分は嘘で、半分は本当だ。僕はあの頃とは違う。もうカナタが言うレイ君にはなれない。
僕はそれに気付かれる前に生徒たちにもう一度指示して、今日の騒ぎは収まった。
僕はそれに
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