第18話 許せないこと

『だから悪かったって~。これくらいのことも許せないなんてなんて器が小さい男だ。本当にこれだからガキは困るんだよな~』

 

 クライがどうやってか僕の腕を乗っ取りユリねぇの胸を揉んだ後、僕はクライを無視し続け一人で登校していた。


『なぁ暇だって~。もうあんなことしないから構ってくれよ! 約束するから!』

「……じゃあまずはどうやって僕の手を乗っ取ったのか教えたら相手してやるよ」

『無理。バカじゃねぇの? 誰がそんな自分の弱点を晒すような真似するんだよ。頭にウジ虫でも湧いてるんじゃね?』

 

 こいつ……下手に出れば調子に乗りやがって…………。本当に魔王ならもっと威厳ある行動をしろよ。

 というより、結局はやっぱり僕が相手をしなければいい訳でそれで万事解決だ。

 そう心に決めて僕が改めて平常心を保とうとしたところで、前の方から朝に似つかわしくない罵声と嘲りが聴こえてきた。


「おいおい! またこんなところで迷惑行為してる脳無しはっけ~~ん!」

「本当だ! 性懲りもなくまたこんなにゴミをばら撒いてよく飽きないな~~?」

「いやいや、こいつら脳無しだぜ? どうせ前にもここでゴミをばら撒いたのも忘れてるっての」

「はははっ! そりゃちげぇねぇな!」

 

 前の方に意識を向けると、そこにはまた白服の生徒たちが救世連盟のメンバーと思われる赤服の生徒に絡んで騒ぎを起こしていた。

 

 ただ前と違うのは今日は朝のためか、元から少ない在籍率の赤服の生徒の数がその場ではさらに少なく、白服の生徒の数はその倍以上いたことだ。

 僕の場所はまだ校門より遠くだからよくは分からないがぱっと見で五対十といったところだろう。

 

 普段起こる暴動やデモ活動などよりも少人数規模の問題。

 

 それなら僕が出張るほどのことでもないと判断した僕は、この問題に無関心を決め込むつもりだった。

 突如、堪忍袋の尾が切れた赤服の生徒の一人が白服の生徒に殴りかからなければ。

 

 そして――

 

「がぁぁぁぁぁっ!!」

 

 校門から離れている僕の場所でも聞こえるほどの悲鳴が、殴りかかったはずの赤服の生徒から発された。

 

 それは白服の生徒の見事なカウンターが赤服の生徒の顔面にクリーンヒットしていたからだ。

 

 カウンターを決められた赤服の生徒は、その衝撃のままに校門に頭を勢いよくぶつけ昏倒してしまった。

 

 もちろんただのカウンターならばここまでの威力はでない。

 おそらくは殴りかかられた白服の生徒の脳力が反射神経に関係するもので、一番ダメージや衝撃が残る形のカウンターを見極めたのだろう。

 

 そこまでを見てもやはり僕は問題に首を突っ込む気になれず、再び僕は校門に向かって歩こうとした。

 

 だがその時、昏倒している赤服の生徒を庇うように駆け寄った女性徒を見て、僕は足だけでななく呼吸すらも止めた。

 

『おっ? あれって昨日のお前の幼馴染だよな?』

 

 クライに言われずともそんなことは分かっている。

 あの癖っ毛のある朱色の髪、小柄でスレンダーな体付きは間違いなくカナタだった。


 他の救世連盟のメンバーが白服の生徒に威圧され脅えている間でも、カナタは一歩も引くことなく彼らに向かっていく。

 

「止めてよ! どうしてこんなことするの!? 今回は通行の邪魔にもなってないし誰にも迷惑はかけてないでしょ! 一体私たちがあなたたちにどんな迷惑をかけてるっていうのよ!」

 

 カナタが必死に彼らに抗議するのに対して、白服の生徒らはそれすらもあざ笑う。

 

「そもそも論点が違うっつーの!」

「お前ら赤服や《救世連盟》の存在自体がこの学園の品位を落としてるんだよ」

「本当にこれだから脳無しは困るのよねー」

「可哀想にな、俺達がもっと低脳なお前らでも分かりやすく言ってあげましょうか~?」

「やめとけやめとけ。どうせ言ったって分からねぇって!」

 

 その場にいた色々な白服の生徒らが矢継やつばやにカナタを貶す中、そのグループの先頭に立っていた柄の悪そうな白服の男子生徒が首で取り巻きの白服生徒達に指示する。

 すると、取り巻きたちは次々に救世連盟のビラや旗などを破壊し始めた。

 

 破壊されるビラや旗。それを止めようと駆けつける救世連盟メンバーを一方的に返り討ちにする白服の生徒たち。


 そんな状況はまさに白服の生徒たちによる集団リンチと何ら変わりない。

 そしてそれを黙って見ているほどカナタは大人しくなく、彼らを止めるため動こうとした所を、先頭にいた柄の悪い白服の生徒に腕を掴まれた。 

 

「離してよっ! 何すんのよっ、やめて、離せっ!!」

「うるせぇ女だな、少しは黙れやっ!!」

「キャッ!!」

「っ……………………!!??」


 その光景を見た瞬間、僕の中で何かのスイッチが切り替わった気がした。


  腕を掴まれてもなお暴れるカナタにイラついた柄の悪い白服の生徒は、掴んだ腕を振るってカナタを校門に投げ飛ばしたのだ。

 

 カナタに外傷はないもののその衝撃は酷く、カナタはフラフラと立ち上がった。

 その覚束ない足取りから、カナタは今立っているのがやっとなことが遠目でも僕には見て取れた。

 

 ――止めたい。

 

 今すぐにでもあの間に割って入って、あの男の顔面をぶん殴りたい。


 だがここで止めに入ったところでどうなる?

 

 もしそれがきっかけで白服の生徒たちがさらに逆上して妨害行為をエスカレートさせたら、そしたら次に同じようなことが起こった時、カナタを今以上に危険に晒すことになる。

 

 最悪の場合、僕の王位継承権も剥奪されるかもしれない。

 そうなれば今度こそ僕が低脳者を助けることも、《救世連盟》を導く救世者としての行動もできなくなる。


 そんな僕の心の葛藤を無視して、柄の悪い男はゆっくりとカナタににじり寄ると、カナタの腕を掴みあげて拘束し地面に叩き伏せる。

 

 ただでさえ先ほどの衝撃で立っているのがやっとだったカナタがその拘束を解くことができるはずもなく、ただただ無意味に体をくねらせて目の前の男から逃れようと抵抗する。

 

 だがその動きこそ目の前の男には弱った獲物が最後に魅せる無様な踊りにしか見えず、カナタの頬から滴る汗や必死に動かす足や腰すらも彼には扇情的に見えた。


「キャッ!」

「いつもいつも俺たち高貴な白服生にしつこく噛み付いてきやがって……そんなに構って欲しいのなら、お望みどおり相手してやるよ……」

 

 そこまで言うと柄の悪い男は下卑た笑みを浮べて、カナタの制服のボタンの裂け目に手を入れて力を込めようとする。

 

 ――まさか………やめろ……やめろっ!! 

 

 そして次の瞬間、僕が思い浮かぶ中で最悪のことが起こった。

 

「きゃああああああああああああああああああああっっ!!」


 柄の悪い男はカナタの制服を無理やり引きちぎったのだ。

 いたいけな少女であるカナタの柔肌とそれを守る下着は無残にも外気と周囲の目に晒され、少女を守るものは何もなくなった。


 そしてその下着姿を見て、柄の悪い白服生徒は周りにひけらかすように汚い笑い方をした。

 

「げはははははっっ!! なんだよお前! 制服の上からでも分かってたが、まさかまともな下着も付けれないほど胸が無かったとはなぁ!」

 

 剥き出しにされまいと胸を守っていたのは一枚の薄いピンクのスポーツブラ。

 それを指摘されてカナタは目元から一筋の涙を流して懇願するように男を見る。

 

「うっ……やめてよぅ……お願いだから……見られちゃうよぅ……」

 

 肌がむき出しにされたせいか、それともコンプレックスを晒されたせいか、カナタの先ほどの威勢はどこかに霧散し非対称的に白服の生徒は興奮していく。

 

「あっはははははははっ!! なんだよお前、やれば可愛い顔できるじゃねぇかよ! 身分知らずにこの学園で高貴な授業を受けるよりも、売春婦にでもなって身体の使い方を覚えてきた方がいいんじゃないかっ!?」


 ――どうすれば……どうすればいい……!?

 

 ここで助けても僕にもカナタにもデメリットしかない。

 だからといってここで大人しくしておくしかないのか? 彼女が、目の前で泣いているのにっ!? 


 考えろ、考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろっ――!!

 

「あぁっ!? レ、レイジア様!? すいません、通行の邪魔をしてしまって」

 

 そんな風に声が掛けられて僕は初めて気がついた。

 いつの間にか僕は叩き伏せられたカナタとその上に馬乗りになっていた白服生徒の目の前にいたのだ。


 それだけならまだ無意識の内にここまで歩いたと理解できたかもしれないが、次の瞬間に僕は底冷えするようなまでの違和感と恐怖に包み込まれた。

 

「いやいや、気にするな。ちょっとお前に用事があっただけだ」


『……え? 今、僕は何を言った? 何で口が勝手に? そういえば、さっきから目線も動かせない? 一体どうなってるんだっ!?』


 僕の口が、僕の腕が、僕の足が、まるで操り人形のように勝手に動かされ目の前の白服生徒に喋りかけていた。


 僕がなぜこうなったのか分からず困惑している間にも、目の前の柄の悪い白服生徒と僕の体は会話を進めていく。


「お、俺に対してでしょうか? しかしレイジア様ほどのお方が俺なんかに何のご用時で……?」

「ふぅん? どうやら身に覚えがないようだな」

「もも、も、申し訳ありませんっ!」

「いやいや謝ることでもない。それに”俺様”は肝要なことで有名だったからな。たかだか不遜な態度を取っただけじゃ怒らねぇよ。だがな――」


 そう言いながら僕は目の白服生徒と目線を合わせるようにしゃがみ込むと朗らかな笑みを浮かべる。

 その表情を見て柄の悪い白服生徒は安堵するように重たい息を吐くと、僕の体は右手を彼の胸に置いた。そして次の瞬間、僕の目は殺意や怒りを収束したような目つきになり―― 

 

「へっ? あのレイジアさ……ばぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!?」

 

 僕の体は僕の脳力である《生殺与奪ギブ・アンド・テイク》を使って、僕の生命エネルギーを衝撃波の弾丸として柄の悪い白服生徒にぶつけた。

 

 零距離でのエネルギー波に当てられた柄の悪い白服の生徒は、その衝撃に吹き飛ばされ、重厚で堅牢な聖ガレアス学園の校門にその体を埋め込まれて気絶していた。


 その姿を見て僕の体は満足そうに鼻で息を吹くと、校門のモニュメントになってしまった彼に対して言い放つ。


「自分より弱い相手をなぶって楽しむ、そんなクソくだらねぇ所業を魔王である俺様の前でできるとおもうなよ」

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