第35話 俺と後輩はそうして出会った

 俺、鈴木縁すずきえにしは昔からどこか浮いていた人間だった。


 何が、と言われれると難しいが、同年代の子の遊びを楽しいと思えなかったのだ。

 子どもの頃は一人で本を読んだり、ゲームに夢中になったりと一人遊びばかり。


 そんなだから、友達はロクにできなかったが、特に不自由したこともなかった。

 幸い、両親は放任主義だったので咎められることは無かったし。

 そんな日々が変わり始めたきっかけが、俺の引っ越しだった。


◇◆◇◆


「縁、ご挨拶くらいちゃんとしなさいね」

「わかってるってば」


 引っ越した先のお向かいさんの前で話すたち。

 母さんは僕が何か失礼な事を言わないか、心配しているらしい。


 僕は、小学校2年に上がったばっかりで、引っ越すことになった。

 父さんの転勤が理由だったけど、


「仕方ないか」


 というのが正直な感想だった。別に、友達も居なかったし。


 ぴーんぽーん。インターフォンを鳴らして、お向かいさんが出てくるのを待つ。


「あの。どちら様でしょうか」


 扉を開いて出てきたのは、僕と同じか少し下くらいの女の子だった。

 髪に、僕より少し小さい背丈。

 

「あらあら。お父さんかお母さんはいるかしら?」


 大人が出てくると思っていた母さんは、少し驚いている。


「パ……両親は不在ですが、どういったご要件でしょうか」


 怪訝な顔をする女の子。


(やけに大人びた子だな)


 それが第一印象だった。

 子どもの僕が大人びたなんて言うのは変な話だけど。


 当てが外れた母さんが困っているので、ここは僕が代わりに挨拶をしよう。


「引っ越しの挨拶に来ました。あ、僕は鈴木縁すずきえにしです」

「これはどうもご丁寧に。佐藤紬さとうつむぎと申します」


 丁寧な言葉とともにお辞儀をする女の子あらため紬。


「あの。紬……さん。聞きたい事があるんですけど」

「縁さん、たぶん、年上ですよね。私、小1なんですけど」

「う、うん。僕は小2だよ」

「じゃあ、敬語じゃなくて大丈夫ですよ」


 母さんは何か信じられないものを見たような顔をして聞いていた。

 後になって振り返れば、小学校低学年とは思えない会話が気になったのだろう。

 僕は僕で、同年代だとあんまり居ない話し方をするこの子が気になっていた。


「じゃあ、紬ちゃん、その言葉……敬語は普段から使ってるの?」

だと、自然と、ですね」

「へえ。ひょっとして、本とかよく読む?」


 その質問は自然と出ていた。


「科学雑誌とか、歴史小説とか色々。パ……父が好きなんですよ」


 パ……と言いかけていたけど、何なんだろう?

 それにしても、本を読むのが好きとは、珍しい。


「奇遇だね。僕もファンタジーとかSFはよく読むよ」

「ファンタジーはあんまり読まないですね。でも……」


 何やら言いづらそうにしているのが気になる。


「?」

「あ、いえ。本が好きな友達って、あんまりいませんから」

「僕もだよ。ちょっとびっくりしてる」

「その。よければ、友達になってくれませんか?」


 何故だか恥ずかしそうなのが不思議だったけど。

 

「僕でよければ、喜んで」


 丁寧でな物腰で、そして大人びた紬の事が気になっていた僕は、

 そんな出会いに何か新しい事が始まる予感がしていた。


◇◆◇◆


 物思いから覚めると時刻は19時。

 今日からは、紬に夕飯も作ってもらうことになっている。

 今日の昼は色々あったが、それはそれとして。

 初めて紬が作る夕食が楽しみだ。


 台所からは、野菜を刻む音やジュージューという音がしている。

 肉の香りを嗅いでいるだけで、お腹が鳴りそうだ。


「そういえばさ。おまえと出会った時の事思い出してたんだ」

「私が小1の時ですよね。急にどうしたんです?」


 料理に集中しながら応じる紬。


「いやさ、俺たちマセてたなあって思わないか?」

「何を今更、そんなこと言ってるんですか」


 そんなの昔からじゃないですか、と言い足す。


「縁ちゃんて、難しい言葉使ってたから、大人ぶってるって言われてましたよね」

「それはいいんだけどさ。でも、お前も同じくらい色々言葉知ってたよな」


 あれって何だったんだろうな、とふと思う。


「なんだ。そんな事ですか」

「ん?心当たりでもあるのか」

「あの頃も、パパとママは共働きでしたから」

「それが、何か関係あるのか?」

「鍵っ子は、本を読むくらいしか暇つぶしが無かったんですよ」


 なんでもないことのように言いながら、出来た料理をすいすいと運ぶ紬。

 器用なもんだ。


 そして、唐突に納得がいったことがある。


「おまえ、今はそこまで本読まないよな。ひょっとして……」

「寂しいから暇つぶししてただけですから。そういうことですよ」


 これ以上は言いたくないとばかりに話を打ち切ろうとする。

 照れているのが丸わかりだ。さらに追撃しても面白いが―


「そっか。ありがとな」

「別にお礼言うとこじゃないですよ」


 ぷいっと顔を背けて言う紬。

 冷静なフリをしているけど、表情にでまくっている。


 そうこうしている内に配膳が済む。


「いただきます!」

「はい、召し上がれ」

「いや、お前も食べろよ」


 そんなことを言いながら、こいつが初めて作る夕ご飯に口をつける。


「その。どうです?」

「そこまで緊張しなくてもいいだろ」

「初めての鈴木家の夕食当番ですから」

「朝ご飯は作ってもらっただろ」

「それでもですよ」


 真面目な顔でそんなことを言われてしまう。


 ハンバーグと付け合せに白米、ほうれん草のおひたしに味噌汁という献立。

 どれもこれも、母さんには及ばないが美味しい。


「いや、ほんと美味いぞ。ハンバーグとか、肉汁が凄いし」

「ふふー。いい肉使いましたからね。やっぱり素材が違いますよ」

「これ、高いんじゃないか?毎日だと食費に響くぞ」

「初めての夕食ですし、ちょっとくらい多めに見てくださいよ」

「それもそうだな。無粋だった」


 せっかく気持ちと手間をかけて作ってくれたんだ。

 しっかり味わうのが礼儀だな。


「しかし……」

「?」


 味噌汁に口をつけながら、疑問顔の紬。


「おまえが鍵っ子だったおかげで仲良くなれたんだなあと」

「それありますね」

「も?それ以外に何かあったか」


 別にドラマとかなくて、普通に仲良くなったと思うんだが。


「んー。それは、秘密です」

「変なところで焦らすなよ」

「ちょっとくらい秘密があった方が面白くないですか?」

「わかったから、せめてヒントくれ」


 そう焦らされると、覚えがない方としては色々気になる。


「んー。「おせっかい」「お泊り」辺りでしょうか」

「やけに抽象的だな。もうちょっと具体的に」

「続きはまた今度ということで。ほらほら、箸が止まってますよ」

「お。悪い悪い」


 そんな風にして、和やかに過ぎていく夜だった。

 しかし、「おせっかい」「お泊り」か。どうつながるんだか。

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