第11話 俺と後輩のとある平日(4)

 タカとの話し合いを終えた後は、午後の授業。残りの授業は現国と物理だ。


 自慢じゃないが、俺は現国の成績が特筆していい。9割オーバーは当たり前で、100点を取ることもしばしばだ。他の科目は並よりちょっと上から下くらいのが多くて、数学に至っては苦手科目なくらいなのに。


 俺自身もなんで、現国の成績が異様にいいのかわかっていないのだが、つむぎに以前聞いたところ、「えにしちゃん、複雑な文章を瞬時に読めますよね。その辺だと思いますよ」と言われた。


 そんなこんなで、現国の授業はだいたい聞き流している。別に聞いても聞かなくても変わらないしな。


 問題は物理で、こいつは数式が大量に出てくるので、数学が苦手な俺にとっては鬼門だ。そもそも、数学にしてみても、あの∫とかΣとか、あの記号の意味がさっぱりわからない。教師に質問しても、よくわからん答えが返って来たし。


 とはいえ、物理だろうが数学だろうが避けては通れないので、慣れない頭を使いながら、なんとかノートを取る。


 こういうのは、教師よりもタカの方が教えるのがうまいくらいで、よく、わからないところを教えてもらっている。


 というわけで、気がつけば放課後。俺は帰宅部なので、さっさと帰る準備をする。


「じゃ、また明日なー」


 それだけ言い残して、教室を後にする。


 下校の途中。俺とつむぎは隣り合って歩いていた。


 俺は帰宅部、紬も今のところは部活に入っていない。俺の場合、理由は単純で、学校が終われば紬と遊びに興じることが多かったからだ。


 しかし、紬の奴はまだ1年生で、4月下旬という時期だ。ちょっと紬の事が心配になってきた。


「なあ、紬」

「なんですか?」

「いやさ、紬は部活入る気無いのか?お前ならなんでもできるだろ」

「……縁ちゃん、出来たばかりの彼女にそういうこといいますか?」


 途端に不機嫌になる紬。


「?」


 不機嫌の理由がわからず、俺は困惑する。


「私としては、えにしちゃんともっと一緒に居たいんですけど」


 拗ねたようなその一言で、俺は失言を悟った。


「いや、そうだな。俺が馬鹿だった」


 さすがに、ちょっとデリカシーに欠ける発言だった。


「縁ちゃんが私のこと考えて言ってくれたのはわかりますけどね。でも、私としてはようやく想いが通じたわけで、もっと一緒に居たいわけですよ。そこのところを汲んで欲しいんですけど」


 早口で言う紬。


「いや、ほんとに悪かった。今日は一日中付き合うから、それで勘弁してくれ」

「それで、手を打ちましょう」

「助かる」


 というわけで、マンションの向かいにある紬の家にGO。


 こいつの部屋は実に混沌としていて、まず目につくのは、机に鎮座している、ごついノートPC。いわゆる、ゲーミングPCという奴で、最新の3Dゲームもプレイできるようになっている。FPSなど、紬とゲームで対戦するときは、こいつがPCを俺の部屋に持ち込んでくる。


 他に目につくのは、本棚に収められた、漫画や小説、ラノベ、実用書など書籍の数々。別に読書マニアというわけではないが、こいつはかなり幅広く色々読んでいる。読んだのを本棚に戻すのが面倒くさいのか、何冊か床に散らばっている。


 壁にはアニメキャラのポスターがあるかと思えば、有名なバンドのポスターもあったりして、統一感のかけらもない。


 そして、化粧台にクローゼット。ここら辺はさすがに女の子という感じだ。それ以外が混沌とし過ぎていて、逆に浮いているが。


「あー。新刊出てたのか、読むぞ」

「はいはい」


 買おうと思っていた漫画の新刊が転がっていたので、断りだけを入れて読む。


 漫画を読み終えて、ちらと紬の様子をうかがう。

 こいつも何やら本……というかBL本を読んでやがる。


「あのさあ、紬。一言言っていいか?」

「どうぞ?」

「彼氏の前でBL本を堂々と読んでるお前はどうなんだ?」

「BLは女子の嗜みですよ」


 平然とそう言い切る紬。


「おまえなあ……」

「冗談ですよ。友達の前でこんなもの読みませんよ」


 笑いながらそう言う紬。けど、と続けて、


「縁ちゃんは知ってますよね?別にそれくらい許してくれていいと思いますけど」

「う。それはそうだな」


 そう言われると何も言えないか。


「別に一貴かずたか先輩と縁ちゃんをカップリングしたりしてませんから、安心してください」

「してたら、おまえの感性を疑うところだな」


 こいつなりのボケだということはわかるが、そのネタはどうなんだ。


「そういえば、ひめちゃんなんですけど」


 思い出したように言う紬。


「ああ、ひょっとして、昼間のことか」

「姫ちゃんも好感触らしいです。縁ちゃんの話で盛り上がったって言ってましたよ」


 それはいい報告だとは思うんだが、揃いも揃って俺の話で何盛り上がってるんだ。


「うまく行ってるのはいいことだが、俺としては複雑だな」

「縁ちゃん、昔から奇行が多かったですから、盛り上がるのもわかりますけど」

「奇行とは失礼な。俺は平凡な高校生だ」

「自覚がないのは困りものですね」


 ふっと笑ってそんなことを言う紬。


「いや、正直、俺が色々とやらかして来たのは自覚してるけどな」

「そのやらかしに救われて来た人も居るんですから、胸を張ってください」

「落とすか褒めるかどっちかにしてくれ」

「彼女としては褒めてるつもりですよ。縁ちゃん」


 真面目な顔になってそんなことを言うものだから、本心なのがわかってしまう。


「理解のある彼女で幸せものだよ」


 そんなことをぼやくが、こんな風に軽口を叩き合うのが楽しいのもまた事実。


 結局、色っぽい雰囲気になることなど全然なく、その日は終わったのだった。


 しかし、キスをしたあの日は何だったんだろうなあ、一体。

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