第10話 俺と後輩のとある平日(3)

(ふわぁ。ねむい……)


 あくびが出そうになるのをあわてて噛み殺す。昨夜は遅くまでゲームをし過ぎた。


 1限目の授業は数学で、担当の石田いしだは生徒に厳しいことで知られている。襲ってくる眠気に耐えながら、必死で黒板をノートに写すことに集中する。


「やっと終わった……」


 1限が終わって、ほっと一息。と同時に、抑えていた眠気が急に襲ってくる。


 次の授業はなんだっけ……そう思うも、眠気には抗えず、意識が旅立っていく。


◇◇◇◇


「……ちゃん、縁ちゃん、起きてください」


 聞き覚えのある声で目を覚ます。


「あれ、紬。どうしたんだ?」


 まだ頭がぼんやりしている。


「あれ、じゃないですよ。もうお昼ですよ、おーひーるー!」


 ちょっと眠るつもりだったのに、昼まで眠ってしまうとはなんたる不覚。


「まさか昼まで寝るとはなあ。なんで誰も起こさなかったんだ?」


 疑問に思うも答えは出ない。


「縁が居眠りがわかりにくい位置にいて、気づかなかったみたい」


 後ろを振り向けば、親友のタカだった。


「怒鳴られなかったのはいいが、授業を聞き逃したのは喜んでいいのやら……」


 溜息をつく。確か、政経、化学、歴史が聞き逃した科目のはず。


「よければ、ノート貸すよ」


 そんなところに、タカの救いの声が。


「助かる!ほんと、おまえには頭が上がらないな」

「大げさだって。縁はもうちょっと、ちゃんと寝なよ?」


 よく授業を寝過ごす俺にとっては、こいつのノートはとても役に立っている。単なる丸写しじゃなくて、要点を書いてあるし。


「ああ。ほどほどにしとく」


 先週こそ色々アドバイスしたが、学校生活ではタカに色々助けられている。


(で、先週のこと、ちょっと話をしたいんだけど……)


 タカに小声で相談される。


(先週の事?)

(姫ちゃんとのこと)

(ああ、それか。俺もちょうど気になってたんだ。どこで話す?)

(中庭でどう?)

(了解。購買でパン買ったら行くから、また後でな)


 ということで、さっさと購買に行くことにする。今度は紬の方から、小声で話しかけられる。


(縁ちゃん、さっきは何だったんですか?)

(タカが姫のこと話したいんだってさ)

(私も行きたいんですけど、ついてっていいですか?)

(うーん。まあいいか)


 紬も相談に乗ってもらったので、当事者だ。というわけで、学食でパンを買った後、中庭に集合した。


「あれ、紬ちゃん。どうしたの?」


 予想していなかった来訪者に驚いた様子のタカ。


「縁ちゃんから、ちょっと聞きまして。ちょっと同席させてもらえませんか?」


 それを聞いたタカは、俺と紬の間で視線を行ったり来たりさせる。


「ああ、大丈夫。姫のことは、こいつにも相談に乗ってもらってるから」

「紬ちゃんに相談もしてたんだね。先に言ってくれればよかったのに」


 少しだけ咎めるような物言い。


「いや、すまんすまん。今度からちゃんと言うよ」


 一言、事前に確認しておけばよかった。


「それで、先週のことなんだけど……」


 タカから本題が切り出される。


「それそれ。うまく行ったのは聞いたけど、その後はどうなんだ?」

「姫ちゃんとは、あれからメッセージ交換してるよ。また来週遊びに行こうって」


 もっと奥手だと思っていたが、予想外に進展が早い。


「タカにしては……って失礼だが、妙に早いな。何かあったのか?」

「それが、さっき話をしたかったことなんだよ」

「?」


 話がよく見えない。


「縁さ。姫ちゃんとは結構親しかったんでしょ?」

「!」


 タカに余計な誤解を与えないために伏せておいたことが、裏目に出るとは……。


「いや、責めようってわけじゃない。むしろ、感謝してるんだ」

「感謝?話が読めないが」


 お近づきになろうとしていた一目惚れの相手が、親友と親しかったとして、お礼を言われるようなことはないはずだが。


「実はさ。土曜日、最初はうまく話せなかったんだ」

「そうだったのか。意外……いや、意外でもないか」


 どういう話題を振ればいいかわからずに固まってしまうことは想像に難くない。


「途中で偶然、縁の話題が出てさ。そこから話が盛り上がったんだ」

「そこで話が盛り上がるのがわからないが。何話したんだ?」

「色々。縁とどうやって出会ったとか、どこで助けられたとか」

「……」


 俺が聞いたら、悶絶必至の話で盛り上がっていたとは。


「ところで、お前たちがもう下の名前で呼び合ってるの不思議だったんだが」

「縁の話をしてるときに、呼び名の話になってね。なんとなく」


 進展するきっかけになったのだから良かったが、俺としては色々いたたまれない。


「縁ちゃんは、色々な人を助けてるんですから、誇っていいんですよ」


 紬はそう言ってくれるが、俺は好き勝手やってるだけだからなあ。


「まあいいか。で、後は大丈夫そうか?」


 念のため聞いてみる。


「君にはさんざんお膳立てしてもらったからね。あとは、僕自身でなんとかするよ」


 タカの事だからそう言うと思っていたが、まだ心配なんだよなあ。


「わかったけど、本当に何ともならなそうだったら言えよ」


 我ながら、ちょっとお節介に過ぎるかとも思うが。


「その時は言うよ。それより、縁は紬ちゃんにもっと構ってあげなよ」

「うぐ」


 それを言われると少しグサっと来る。


「縁ちゃんのことはよーくわかってますから、大丈夫ですよ!」


 胸を張って宣言をする紬。1週間放置してた負い目もあるので、頭が上がらない。


「紬ちゃんが言うなら大丈夫そうだね。お幸せに」


 タカは、そう言って祝福してくれたのだった。一切の含みがない笑顔でそう言われては、何も反論することができるはずもない。


 タカの恋路を応援するはずが、こんなことを言われる羽目になるとは。

 別に悪くないのだが、予定がずれて少し悔しい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る