第51話 ダブルデート(5)~自宅~

「家で何するつもりですか、センパイ?」


 夕焼けの空を二人で歩いていると、紬が思い出したように言う。


つむぎは何がしたい?」


 実は特に予定を決めていなかったので、問い返す。


「質問で返さないでくださいよ。でも……思い出話でもしますか」


 意外な返事だった。FPSでもやりましょうかと返ってくるものだとばかり。


「思い出話か。たまにはそういうのもいいな」


 ひょっとして、昼間の、「仲良くなったきっかけ」の事だろうか。


「ただいま」

「おかえりなさい、センパイ」


 とツッコミどころのあるやり取りをしてから、部屋に入って寛ぐ。


「んー。やっぱり、落ち着きますねー」


 俺のベッドに寝っ転がって、安らかな表情で紬がつぶやく。


「で、思い出話って?」

「うーん。昼間、センパイが言ったじゃないですか」

「仲良くなったきっかけの話か?」

「ですです。ふと、思い出しちゃったんですよね」

「で、どんな事があったんだ?」

「センパイ自身の事なんですけど」

「見に覚えがないから、仕方ないだろ」


 ほんと、そんな劇的なイベントがあった記憶ないんだよな。


「センパイ、私が小学校の時、よく、ここに泊まったの覚えてます?」

「そういえば、何度かあったな。そっちの家から、おまえの相手しろって」

「ひょっとして、内心めんどくさかったりしました?」


 俺の返答に不安を抱いたのか、そんな事を言ってくる。


「いや、別に。お前とは趣味も合ったしな」

「なら良かったです。それで、私が小学校3年の頃なんですけど……」


 そうして、紬は語り始めた。


◇◆◇◆


 当時の私は、両親が共働きな事もあって、よく家で本を読んで過ごす子だった。本当は、両親が家に居ないことが多いのが寂しかったけど、二人共私を養うために頑張ってくれている。そう思うと、素直に寂しい気持ちを打ち明けられなかった。


 そんなある日、普段から付き合いがあった鈴木家に、両親が仕事で家を空けるからと、一晩預けられることになったのだった。


 当時、一つ年上の「えにしさん」とは、既によく話すようになっていたけど、まだ私は、年上な事を意識して少し遠慮がちだった。


「縁さん、今日はご迷惑おかけしますが、よろしくお願いします」


 預けられたその晩、私は縁さんにそう挨拶したのだった。


「だー。そんなに畏まらなくたっていいって。今更だろ?」


 縁さんは、そう言って、笑いかけてくれたけど、お向かいさんとはいえ、他所様の家に迷惑をかけていると思うと、つい畏まった態度になってしまうのが当時の私だった。


「でも……」

「でも、も何もないって。とりあえず、ゲームでもしようぜ」


 そう言って、部屋にあったモニターにゲーム機をつなげる縁さん。そして、ゲームのスタート画面が表示されたけど、それは、普段見るゲームとは全然違うものだった。


「ええと、このゲームは……?」

つむぎは知らなかったっけ。FPSファーストパーソンシューティングって言うジャンルなんだ」

「FPS……ですか。初めて聞きます」

「とりあえず、やってみりゃわかる。対戦しようぜ」


 そうして、コントローラを持たされた私は、初めてのFPSを体験したのだった。


 ルールもろくにわからなかったけど、銃を打つと出る大きな音や、弾丸をリロードする効果音、そして、対戦相手の縁さんと撃ち合う楽しさ。瞬く間に、そのFPSに私は魅了されたのだった。


「やっぱ、紬は上手いな。初めてとは思えないぞ」


 ゲームをプレイしながら会話を交わす。


「そうでしょうか……?」


 直感で撃っているだけだったので、上手いと言われてもピンとこない。


「そうだって。俺もそれなりにやり込んだのに、追い詰められてるし」


 そう言った縁さんは本当に悔しそうで、そんな彼を追い詰めていると思うと、不思議と気分が高揚してくる。


「おまえ、妙に楽しそうだな」


 彼は何気なく言っただけなのだろうけど、気がつくと、こうしてお互いに撃ち合う光景が楽しくなっている自分に気がつく。


「えと、すいません」

「別に謝ることないだろ。俺だって、楽しいし」


 それからぶっ続けで2時間程FPSをやり込んで、夕食を食べて、お風呂に入って。気がつけば、もう寝る時間になっていた。


 同じ部屋に来客用の布団を敷いてもらって、縁さんと並んで寝転ぶ。


「なあ、おまえさ。今日みたいなことってしょっちゅうなのか?」


 遠慮がちに縁さんが聞いてきた。


「今日みたいな、というのは?」

「両親が居なくて、部屋で一人、みたいなの」

「そうですね。一晩中は滅多にないですけど」

「ならさ、一人の時は遠慮なくうちに来いよ」

「いいんでしょうか。ご迷惑をおかけして……」

「だー。お前、頭いいのはわかるが、ちょっと固すぎだ。うちは、そんな細かい事気にしないからさ、そう畏まらないで、もっといい加減に行こうぜ」


 と言われても、身に染み付いたものだから、どうすればいいかわからず難しい。


「じゃあ、まず、呼び方からな。縁「さん」って他人行儀なの止めないか?」

「でも、年上ですし、いつもお世話になってますし……」

「年上とかどうでもいいし。「さん」って、距離置かれてるみたいで嫌なんだよ」


 少し不機嫌そうになった彼をみて、考えてみる。


「でも、呼び捨てはさすがに……」


 ちょっと年上相手に偉そうなのではないだろうか。


「じゃあ、「ちゃん」な。これで文句ないだろ?」


 彼の提案は意外なものだった。


「それ、よっぽど馴れ馴れしい気がするんですけど」

「馴れ馴れしくていいんだよ。お前、遠慮し過ぎだから」


 その言い方に、彼なりに気遣ってくれてる気持ちが伝わってきた。ずれてる気がして可笑しかったけど、少しは甘えてもいいのかな。


「何笑ってるんだ?」

「ちょっと面白かったので。じゃあ……縁ちゃん。よろしくお願いします」


 そう、初めて、彼のことを「ちゃん」付けで呼んだのだった。


◇◆◇◆


「……というわけです」

「そういえば、そんなこともあったな」


 しかし、よりによって、「ちゃん」付けが俺からの提案だったとは。センパイと呼べと言っておいて、これは恥ずかしい。


「なあ、ひょっとして、お前が俺以外にも「ちゃん」付けしてるのって」

「縁ちゃんの影響ですよ?なんとなく癖になっちゃって」


 相変わらずベッドの上をごろごろしているこいつ。


「そういえば、センパイじゃなくなってるぞ」


 呼び方が元に戻っているのに気がつく。


「あ、つい。でも、こっちの方がしっくり来ますね」


 嬉しそうに言われると、こっちも照れてしまう。


「ま、俺の方から言ったことだしな」


 先輩後輩らしくないと思っていた俺たちの関係だが、自分自身が原因だったとは。


 しかし、ベッドで寝転がっているこいつを見下ろしていると、色々悪戯したくなってくるな。


「何もしてくれないんですか?」


 甘えたような声で眼下の紬が囁く。


「何かって、なんだよ」

「それは、その……身体に触れたり、エッチなこととか……」


 ごにょごにょと言葉を濁しているが、要はバッチコーイってことか?


「いいのか?」


 念のため確認してみる。

 

「デートの最後がここって時点で、期待してたんですけど」


 相変わらず甘えたような声でそんな事を言う紬。色々可愛すぎだろ。


「じゃあ、お言葉に甘えて」


 顔を近付けて、目を閉じた紬の唇に口づける。


「何回こういうこと、したんでしょうね……」


 ぼーっとした目で紬がつぶやく。


「何回だろな。もう覚えてない」


 週1くらいはしてた気がするけど。


「じゃあ、服、脱がすぞ」

「はい。いつもと違いますけど、脱がし方、わかります?」

「……たぶん」


 まあ、なんとかなるだろう。そうして、夜までゆっくりと行為に浸ったのだった。


ひめちゃんたち、どうしてますかね」


 行為の後のせいか、少し気怠そうな様子で聞いてくる。


「さあ。タカは手を繋ぐだけで、緊張してたっぽいけど」

「姫ちゃんの方から迫りそうな気がするんですよね」

「……ひょっとして、姫とその手の話したり?」

「時々は」


 マジか。


「じゃあ、今頃は姫に食べられてるかもな」

「そういう露骨な表現止めてくださいよ」


 眉をひそめて言う紬。


「お前が話振ったんだろ」

「それでもです」

「はいはい」


 しかし、ほんと、あいつら、今はどうしてるかなあ。


※ダブルデート(6)~その後~に続きます

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