第4章 変わりゆく俺たちの関係
第22話 母さんが病に倒れた件
「ふふっ。また、私の勝ちですね」
「ぐぐぐ。だから、その反射神経は反則的だろ」
いつものように、
「次は協力プレイやりません?」
「お。いいな。
「褒めても何も出ませんよ」
といいつつ、表情がニヤケるのを抑えられないでいる。可愛い奴だ。
「本心だって。紬は援護役としてはこれ以上無いくらい適任だ」
協力プレイは対戦プレイ以上に、状況の変化を見極める能力が要求される。
「わ、わかりましたから。いいから、始めましょうよ」
「お。照れてる?」
「言わなきゃわからないんですか?」
顔を真っ赤にしながら、そういう事をストレートに言ってくれるのがまたいい。
そんな感じで、二人きりの時間を楽しんでいたところ、とんとんとノックが。
「おやつできたわよ。紬ちゃんも食べていくでしょ?」
「はいはい。行きます行きます」
元気よく返事をする紬。まるで家の子みたいな反応だ。
「甘くて美味しいです。鈴木さんちの子になっちゃいたいくらいですよ」
そんな調子のいい事を言う紬。
食べているのは、母さん自家製の林檎パイだ。
俺は甘いものが得意じゃないので、少しかじる程度。
「駄目よー、そういうこと言っちゃ」
やんわりと注意しつつも、まんざらではなさそうな我が母。
「母さん、これ紬のためだろ。凄く甘ったるいんだけど」
「そりゃあねえ。紬ちゃんは、本当の娘みたいなものだもの」
「おばさん。さすがにそれは照れますよー」
仲良く談笑する我が母と俺の彼女。紬はよく、遊び疲れた翌朝、うちでご飯を食べていくことがある。だから、母さんの言うこともわからなくもない。
「でも、母さん。もうちょっと節制した方がいいぞ」
40前半の母さんは、ややふっくら気味で、もうちょっと健康に気を遣った方がいいのではないかと息子ながら心配になることがある。
「大丈夫よ。そのうちダイエットするから。……あれ?」
唐突に、紅茶のカップを取り落とす母さん。
「ごめんなさいね。えーと、布巾は……」
テーブルを拭くために立ち上がった母さんが、唐突に崩れ落ちた。
何かものにつまづいたかのように、あまりにも急に。
「ちょ、ちょっと。大丈夫、母さん?」
「……」
返事がない。呼吸もなんだかひどく荒い。
急速に脳裏に黄色信号が点滅した。
そういえば、こんな感じの症状をググってみた覚えが。
って、考えている場合じゃない。
「もしもし、火事ですか、救急ですか?」
電話に出たのは、男性か女性かよくわからない人だった。
どうすればいいんだっけ。頭の中を検索しながら、話すべきことをまとめる。
「救急です。急に母が倒れたんですが……はい。意識がなくて」
あせりで、もつれそうになるのを抑えながら、症状を電話の向こうに伝える。15分くらいで到着するらしい。あと15分がとてつもなく長く感じられて、夕日が沈む窓の外がなんだかぞっとする光景のように感じられる。
「15分くらいで救急車来るってさ。ええと……」
「ど、どうすればいいでしょう」
「落ち着け。廊下の近くに母さんを運ぶぞ。あまり動かさないようにな」
「は、はい」
そっと二人で母さんを抱え上げる。廊下に面したところに移動させて、仰向きに寝かせる。人の身体というのはこんなに重いのだと、ふと実感する。
「だ、大丈夫ですよね。おばさん」
紬は、今にも泣きそうな、というか、少し涙目になっている。
「大丈夫、のはずだ」
俺だって大丈夫だと信じたいが、なにせこんな状況は初めてだ。お医者さんでもないのに断言することはできなかった。
救急車が到着するや否や、一緒に乗る俺と紬。とはいえ、付き添いに過ぎない俺たちに何ができるわけでもなく、救急隊員さんが何やら話しかけたりしているのを呆然と眺めている内に病院に到着。
数時間の間、何もできずに二人して待合室で無言の状態が続く。そんな、ひどく苦痛な数時間を終えた後、呼び出された俺が説明されたのは、とある心臓に関する病気だった。
幸い、生命に別条はないが、経過を見るためしばらくの入院が必要なことや、入院に必要な手続きについて説明を受ける。俺には全部を理解することはできなかったが、幸いまとまった書類を別にもらえたので助かった。後で父さんに渡さないと。
「おばさん、どうでしたか。助かる、んですよね?」
待合室に居た紬に聞かれる。ひどく声が震えている。
「……だってさ。入院は必要だけど、命に別状はないらしい」
「よ、良かったです。本当に、死んじゃうかと、思いました」
そう言って、声をしゃくりあげて泣く紬。ある意味、俺以上に心配していた紬のことだ。気が緩んだんだろう。
きっと、母さんが言っていた、「娘みたいなもの」というのは、紬にとっても同じだったのだろう。
こうして、俺たちの生活は、様変わりしていくことになる。母さんの入院がきっかけとなって―
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