第55話 DVD作り

 その夜、自室に集まった俺たち。手元には、アルバムや文集など、俺の昔からの記録をかき集めたものがうず高く積まれている。そして、紬も同じく、色々持ってきたようで、隣にうず高く色々積まれている。


「で、やっぱり、まずは生まれて来た時の写真だよな」

「そういえば、そうですね。ちょっと恥ずかしいんですけど」


 微妙に居心地が悪そうな紬。


「いずれ本番でやることだし、諦めろ」

「そうですね」


 言いながら、お互いに生まれたばっかりの写真をアルバムから取り出して、しげしげと眺める。


「縁ちゃんにもこんな頃があったんですね」

「誰だって最初は赤ちゃんだろ。おまえは、まだ「女の子」って感じしないな」

「それはそうですよ。でも、人間、誰でも、ここからはじまるんですよね」


 そう、しみじみとつぶやいた紬を尻目に、次は幼稚園くらいの写真を漁ってみる。


「おお。可愛い、可愛い。でも、なんていうか、今のおまえぽさもあるな」


 まだ見たことがない、幼稚園の頃の紬の写真だ。じーっと本に視線を向けている。


「毎日のように本を読んでた気がしますね」

「この頃から、毎日読書してたなら、会ったときのアレにも納得だ」

「そういう縁ちゃんも似たような感じじゃないですか。一人だけ隅っこに居て」


 俺のアルバムを指差す紬。確かに、隅っこでぼーっとしている俺がいる。


「何考えてたんだろうなあ、この頃の俺」

「また、変な企みごとでもしてたんじゃないですか?」

「失礼な。この頃は純真だったよ。次行くぞ、次」


 次は、小学校の頃の入学式の写真だ。やっぱり、紬とはまだ出会っていないので、それぞれがお互いの両親と共に写っているのが印象的だ。


「やけに落ち着いてますね」


 入学式の写真を見た紬のコメント。


「別に、特に何の感慨もなかったからな」

「そういう、超然とした所は、らしいですね」

「別に超然とはしてなかったと思うが。紬は……なんか暗いな」

「幼稚園の頃の友達と離れて、色々不安だったんですよ」


 言われてみると、入学式だというのに、どこか不安の色が見て取れる気がする。


 次に、俺たちが出会ってしばらくした頃の写真。


「なんかさ。俺と一緒の写真多くないか?」

「それいうなら、縁ちゃんもですよ」

「というか、これ撮ったの俺らの親だよな」

「親から見ても、私達は仲良しに見えてたってことですね」

「そりゃ、一人娘が男の家に行っても許すわな」


 なんで、父さんも母さんも紬のところの両親も、やたら俺たちの付き合いに寛容なのか疑問に思っていたのだが、こうまで昔から一緒に居るなら、また違うのだろう。親の目線になって分かる事実という奴だ。


「縁ちゃんと付き合い始めの頃、「やっとか」って視線で見られてた気がします」

「奇遇だな。俺もだよ」


 あの、生暖かい視線の理由を知って、少し微妙な気持ちになってしまう。


一貴かずたか先輩が居ますね」

「そういえば、紬と出会った後だったな」

「私の方が先だったんですね」

「あいつ、昔は結構内気でさ。何度か、虐められてたんだよな」

「意外ですね。今はスポーツマンなのに」

「昔、もやしっ子だったからな。俺がいじめっ子を代わりに成敗してたぞ」

「成敗っていうのが物騒ですね。何したんです?」

「バットでぶん殴った。物理的に」

「そういえば、何度か、縁ちゃんが先生に注意されてた事があったような……」

「それそれ。先生からこっ酷く怒られてさ」

「下手したら、大怪我ですからね。そりゃ注意しますよ」


 ため息をつく紬。


「ああ、思い出しました!」


 紬が、突然、大きな声をあげた。


「確か、友達が虐められているのを縁ちゃんに相談した事があったんですよね」

「あ、ああ。そんなこともあったっけ」

「そしたら、「任せとけ」なんて言って二つ返事で引き受けてくれたんですよ」

「そ、そんなこともあったかもな」

「いじめっ子の悪い噂が急に広まって、誰もいじめっ子に同調しなくなったんですよね。ひょっとして、縁ちゃんがやった案件だったりします?」


 じーと見つめられる。


「ま、まあ。そんなこともあったかもな。あの時は若かった……」

「あの後、いじめっ子の方が逆にハブられたんですよね」

「さすがにやり過ぎだったと思ってる。うん」


 バットの件といい、この件といい、昔の俺は色々と危うかったらしい。


「それはおいといて、次行こう、次」

「あ、これ。姫ちゃんちですね。いつでしょう?」

「塾行き始めてからだから、小6だろ」

「このときから、姫ちゃん、お嬢様って感じですね」


 俺たちが普通の服で、姫がいい服を着てるものだから、場違い感が半端ない。


「姫は、あまり変わってないよな。色々」

「勉強も楽々こなしてましたし、遊びに行ったときも紅茶出してくれましたね」

「それに、平然と、一人だけ別の学校に行きやがるし」

「姫ちゃん家は中学受験前提でしたから、しょうがないですよ」

「ま、そうだけど」


 アルバムをめくって次に出てくるのは、小学校の卒業式。


「やけに嬉しそうですね?」

「なんかあったかな」


 二人と両親で校門の前で撮った写真だ。


「その割に、集合写真ではめんどくさい感だだ漏れですし」

「だって、正直、だるかっただろ」

「泣いてる人とか居たと思うんですけどね」

「……」

「私は、先に卒業されて、色々寂しかった気がします」


 当時は、そんな心情を慮ることもできなかった俺。しかし、なんで嬉しかったんだろう。

 

「あ、そうだ!新作ゲームの発売日だったんだ」

「何かと思えば、そんなオチですか」

「いやいや、お前も確かプレイしたはずだぞ。確か、格ゲーだったと思うんだが」

「ああ!縁ちゃんを何度も負かした気がします」

「だろ?お前、初見に強すぎるんだよ」


 今に至るまで、初見の対戦型ゲームでこいつに勝てた試しがない。


「二人っきりでこの日はゲームしてましたよね」

「俺も来月から中学生になろうかというのにな」

「私としては、縁ちゃんと一緒に居たいって気持ちが強かったんですが」

「そ、そうか。それは悪かった」


 この頃の俺にとっては、まだこいつは、凄く仲のいい友達だった気がする。


 そして、中学の入学式。一年遅れて入ってくる紬はさすがにこの場には居ない。


「一貴先輩はもう、しっかりとした感じになってますね」

「そうだな。いつだったか、「もやしっ子は卒業したから」なんて聞いたか」

「一貴先輩、この頃からモテ始めてました?」

「その通り。顔もいいし、ストイックにバスケに打ち込んでたからな」

「ガツガツしてないのも、良かったんでしょうか」

「どうだろうな」


 しかし、一貴も、もやしっ子だった頃を経て今に至るわけで、人は変わるもんだ。


 そして、その次の年。


「あ、これ。私の入学式ですね」

「両方のアルバムにある辺り、母さんたちがどんな目で見てたかわかるな」

「でも、なんか、やけにムスっとしてません?」

「そりゃ、露骨に喜んでたら、なんか恥ずかしいだろ」


 中学2年になって、異性というものをそこそこ意識するようになって来た俺にとっては、1年下の紬もその範疇にあった。


「この頃にアタックしてたら、もっと早く付き合えてたんでしょうか」

「どうだろ。そうだった可能性は高いな」


 その後も、中学時代の思い出を振り返りつつ、アルバムを捲る。


「高校になると、全然ないな」

「スマホのカメラに切り替えましたからね」

「そっちも後で、掘り出しとくか」


 しかし、アルバムを一通り見てきたわけだが。


「なんていうか、かなり長い間、煮えきらなかったんだな、俺」

「私が何度アプローチしたと思ってるんです?」

「俺だって、「ひょっとして」とは思ったぞ」

「じゃあ、なんでスルーしたんですか?」

「だって、外してたら顔合わせづらいだろ」

「それもそうですけど……モヤモヤします」

「とにかく!DVDに入れる写真はこの辺りでいいだろ?」

「強引に話切り替えられた気がしますけど」


 そんな俺に少し呆れつつも、


「これからもよろしくお願いしますね、縁ちゃん」


 俺の後輩で、幼馴染で、そして、今は最愛の彼女である紬は微笑んでそう言ったのだった。 

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