最終話 結婚式(仮)当日
「凄くいい感じの教会ですね。でも、やけに本格的なような?」
「だな。飾り付けとか花までちゃんとあるし」
今日は、姫が企画した、結婚式(仮)当日の土曜日。予約したという、郊外の教会に来ているのだが、内装がやたらちゃんとしている。本来なら、参列者が座るであろう席は空っぽだが、全ての席に白い花が添えられていて、ライティングも本格的だ。ごっこだっていうのを忘れそうになるくらい。
「せっかくだから、ちょっと張り切ってみたのだけど、どうかな?」
ちょっと照れくさそうにこちらを伺う
「姫ちゃん、昨日からずっと準備してたんだよ」
「ちょっと、
慌てて制止する姫だが、なるほど。
「そっか。ありがとな、姫」
「ありがとうございます。姫ちゃん」
揃って礼を言う俺たち二人。結婚式ごっこと軽い気持ちでいたが、これだけ手間暇かけられると、感動してしまう。それに、1万円の話も。
(そういえばさ、姫のお母さんに確認したんだけどさ)
(どうでした?)
(ドレスのレンタルは、5万円はしたんだと)
(じゃあ、やっぱり、姫ちゃんが自腹で?)
(お小遣いから出すって聞かなかったって、珍しく困ってたよ)
(姫ちゃんにしては、ほんと、珍しいですね)
などと、ひそひそ話をしていると。
「どうしたの?何かあった?」
姫が何か勘付いたのか聞いてくる。
「いや、ほんとありがたいなって言ってたところ」
「もう、そんなに褒めても何もでないよ?」
姫なりに俺たちのために色々考えてくれたんだろうな。
「行こ、紬ちゃん。ウェディングドレスが待ってるよ」
「なんか、やたら緊張してきました……」
「それくらいの方が本格的でいいでしょ?」
そう手を引っ張って更衣室に去る姫と紬。そして、ぽつんと残される俺たち。
「あー、なんか、タキシードとかだるいな」
本物の教会で、きちんとした内装、そしてウェディングドレスと揃えられると、本物の結婚式をするような緊張感がしてくる。
「縁、珍しく緊張してない?」
「そりゃ、おまえたちが、やたら本格的な準備をするからさ」
「それは良かったよ」
爽やかな笑顔を浮かべるタカ。こいつも、昨日から準備してくれたんだよな。
「タカもありがとうな。色々」
「君のおかげで姫ちゃんと付き合えたようなものだし、これくらいはね」
そんな感謝の言葉をさらっと言えるこいつは、やっぱりいい奴だなと再認識する。
「おまえと姫の時も思いっきり盛り上げてやるからな」
「縁が本気になると、色々怖いんだけど」
そして、俺の方もタカに案内されて更衣室に。悪戦苦闘して、慣れないタキシードに着替えると、いよいよドキドキしてきた。よし、と心の中で言って、控室の扉を開ける。
「……あ」
そこに居た彼女は、別人のようだった。純白のウェディングドレスと、そして、ベールに身を包んだ紬はとても神秘的で、しばし言葉を忘れる。普段見ない薄い口紅も、そして、うっすらとしたお化粧も、普段の「可愛い」とは違う、「綺麗」というのにふさわしい雰囲気を引き立てている。
「え、えーと、どうでしょうか。あなた?」
と思ったら、慣れない「あなた」呼ばわりに吹き出してしまった。
「ちょ、ちょっと。何かおかしいですか?」
何か変なところがあったかと、周りを見渡す紬が妙におかしくて、ああ、やっぱりこいつは紬だと思ってしまった。
「いや、なんか、慣れない「あなた」呼ばわりするから、ツボに来て……」
悪いとは思っているのだが、笑いが止まらない。
「ちょっと、さすがにそれは傷つくんですが」
少し涙目になる紬。
「いや、すまん。笑いすぎた。でも、綺麗だぞ」
まだ笑い足りないが、これ以上笑ったらさすがに悪いか。
「もう。先にそれを言ってくださいよ」
「おまえが「あなた」とか言わなければ、言ってたって」
綺麗だという気持ちは変わらないが、いつもの俺たちだなと思うと、緊張は消えていた。
「縁君、さっきのは大減点だよ?」
「相手が紬ちゃんだからいいけど、ほんと、それはないよ」
二人から揃ってツッコミを食らう俺。
「別にこいつ以外の相手は居ないんだから、いいだろ」
癪なので開き直ってやった。のだが。
「それ。実質プロポーズだったり、します?」
照れ照れとしながら、伺うように聞いてくる紬に、俺は失敗を悟った。
「まあ、そのつもりだけど」
「良かったです。他の人と結婚なんて考えられませんから」
「いやその、気が早くないか?」
「今更気が変わることなんてないですよ。縁ちゃんは信用できませんか?」
「いや、信用してるけどさ」
「じゃあ、いいじゃないですか」
そう機嫌良さそうに締められてしまう。あくまで将来的には、くらいのノリだったのがいきなり本気な婚約になってしまって、少し焦る。
「これは、本物の結婚式も大丈夫そうだね」
「いっそ、今日を本物にしちゃうのはどう?」
なんてからかわれてしまう。そして、いよいよ俺たちの結婚式(仮)が始まる。
一歩、また一歩と少しずつ祭壇に向けて歩く俺たち。
「なんか、やっぱ照れるな」
隣を歩く紬を横目で見る。綺麗なウェディングドレスに身を包んだ紬は、普段と違う色気がある。
「私もですよ。いきなり、プロポーズしてくるんですから」
「それはつい勢いで」
「本気じゃなかったんですか?」
不満そうな声の紬。
「本気だけど、色々照れるんだよ。わかってくれ」
「なんか、今日のことで色々弄り倒せそうな気がしてきました」
小悪魔めいた微笑みでつぶやく紬。
「はあ、もう好きにしてくれ」
「にしても……今日は、新婚初夜、なんですね」
は?と一瞬思うが、表情を見ると、嬉し恥ずかしという感じの照れ笑いで。まさかこいつ。
「おまえ。いきなり、エロ方面行くか?」
「だって、想像しちゃったんだから、仕方ないじゃないですか?」
否定せずに白状するところが、やっぱり紬だ。
そして、いよいよ祭壇の前。
「新郎、
神父に扮したタカが厳粛な表情で言葉を紡ぐ。
病める時も、の言葉に、ふと、母さんが入院した時の事が蘇る。そうだよな。どっちかが病気になることだってあるし、貧乏になることだってある。どこかで聞いたことがある言葉だと思っていたが、よく考えると凄い重いことなのだという事に気づく。
「はい。誓います」
(それでも、やっぱり、気持ちは変わらないよな)
落ち着いて、タカの前で誓った。
「新婦、紬。あなたはここにいる縁を病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、夫として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」
隣の紬を見ると、少しの間目を閉じて考えたかと思うと、
「はい。誓います」
同じように、タカの前で誓ったのだった。目を閉じていた時、こいつは一体何を考えていたのだろうか?
「それでは、誓いの口づけを」
あ、そういえばそんなものもあったっけ。いつの間にやら近くに来ていた姫も、タカも興味津々という表情で、俺たちを見守っていた。なんか、照れるな。
普段と違う色っぽさを感じさせる紬を前にして、少しずつ、顔を近づけていく。
そして-ゆっくりと、愛しい彼女に口づけたのだった。
「キスって外から見ると、こんなに恥ずかしいんだね」
「う、うん。実感するよ」
姫とタカが何やら話し合っているが、厳粛な雰囲気はこれで終わりだ。
「さーて、じゃあ、お待ちかねのDVD放映と行こうか」
むず痒い雰囲気からようやく解放されてほっと一息だ。
「縁ちゃん、ちょっと雰囲気考えてくださいよ」
苦情を言う紬。
「ほんと、真面目な雰囲気が続かないよね」
やれやれと言った感じのタカ。
「本番だったら、幻滅待ったなしだよ?」
不満げな姫。
「本番は本番。これからは、紬をネタにして思い出話タイムな」
正直、結婚式より、こっちが楽しみだったのだ。
「ちょっと、縁ちゃん、あんまり変なこと言わないでくださいよ!?」
慌てた様子の紬だがもう遅い。
「そういえば、二人の馴れ初めって聞いたことなかったよね」
思い出した様子のタカ。
「だろ?実のところ、付き合うきっかけはお前たちだったんだけどな」
春先に持ちかけられた相談事を思い出す。
「ああ、ひょっとして!」
「あの日に?」
合点が行った様子の二人。そう。きっかけは本当に単純なことで。
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