サイドストーリー 僕と彼女の出会い

第15話 僕と彼女のその日 ~Side 一貴~

 僕は結城一貴ゆうきかずたか成風高校せいふうこうこうの2年生だ。バスケ部のエースと言われることもある。

 僕は好きでバスケをしていただけなので、面映ゆいおもはゆいのだけど。


 そんな僕は、親友のえにしいわく、イケメンらしい。

 よく同年代や後輩の女子からキャーキャー言われたりするし、時には告白されることもある。それを羨ましいという人もいるだろうけど、僕はあんまり喜ばしいとは思えなかった。


 というのも、言い寄って来る子のほとんどが、僕とそんなに接点がないのだ。

 一方的に、素敵だのカッコいいだの憧れられてもそれには納得できない。というわけで、基本的にその手の告白はお断りすることにしていた。


 そんな日々が変わったのは、2年生になった春。


 帰宅途中に、長い黒髪をたなびかせて遠くを見つめる彼女を見かけてからだ。

 一目見た瞬間、何故だかわからないけど胸が高鳴った。


 彼女が去った後も、彼女はどこの生徒だろうとか、普段どういう生活を送っているんだろうとか益体も無いことを考えている自分に気が付いた。


 これはどうも一目惚れらしいということを悟った僕だが、そこに葛藤が生まれる。 だってそうだろう?あまり接点がないというで、言い寄られるのを拒んで来た僕が、同じく接点の無い彼女とお近づきになりたいなんて。


 というわけで、親友のえにしに相談することにしたのだった。

 僕が変なところで純情なのを知っているのは彼くらいなものだ。

 それに、彼なら勿体ぶらずにスパッと言い切ってくれるだろう。


 そこで、彼にこう聞いたのだった。「縁はさ、一目惚れの経験ある?」って。


 一瞬フリーズした彼が面白かったけど、話した末返って来た結論はというと。


「タカは考えすぎだ」

「誰も責めやしないさ」


 とそっけないものだった。

 縁は、答えの出ない問題で考え続けるということがない。

 こう、スパっと割り切れるところは凄いと素直に思う。


 そこで相談は終わるかと思ったのだけど、彼はお節介を焼いて来た。

 一目惚れの相手が成女にいるとわかると、知り合いの成女の子に

 直接話を付けてくれて、あっまつさえ紹介までしてくれることになったのだ。

 僕の一目惚れした相手は、三条姫さんじょうひめという名前らしく、

 偶然だけど彼の知り合い、まさにその人だった。


 縁のお節介はそれにとどまらなかった。

 三条さんの好みの紅茶やデートスポットまで提案してきたのだ。

 さすがに僕も苦笑いだったけど、彼はそういうお節介が好きなところがあるのだ。


 そして、今日が顔合わせの当日。

 服装も堅苦しくなりすぎないように、ラフになり過ぎないようにと気を遣った。


 待ち合わせ場所の公園に行くと、既に先客がいた。

 腰まで下ろした黒髪、黒目がちで切れ長の瞳。

 和風美人というのにふさわしい容姿はまさに彼女のものだった。

 洋服は下はロングのスカートで、上はワンピースと清楚な印象を受ける。


「えーと。三条さん、だよね?」


 念のために確かめてみる。


「は、はい。結城君、でいい、よね?」


 彼女もおっかなびっくりと言った様子で返す。

 お互い初対面だから、どこかぎこちない感じだ。


「服、似合ってるね。イメージにピッタリだよ」


 まず、服装の感想を素直に言って見たものの。


「は、はい。それは良かったです」


 と言ったきり、固まってしまう彼女。


「今日は、ちょっと暑いですね」


「う、うん。そうだね」


 話題を振ろうにもうまく行かなくて、余計に緊張してしまう。


 二人でデートに出発したはいいのだけど、歩きながらもまるで話が弾まない。

 これは駄目なんじゃないだろうか、という予感がする。

 縁に事前に教えられていた喫茶店に入る。

 赤レンガの概観がお洒落で、デートには持ってこいのように見える。


「じゃ、じゃあ、私はダージリンのストレートにします」


 注文を素早く決めた三条さん。

 その言葉に僕は不思議と覚えがあって、ちょっと可笑しくなってしまった。


「ど、どうかしました?」


 驚いた様子の三条さんを見て、しまった、と思った。

 でも、言ってしまって良いかなと思った。


「僕の友達の縁が……って、三条さんは知ってるよね」

「ええ、縁ですよね」


 その瞬間、彼が三条さんの好みを事細かに知っているのかが理解できた。


「その縁なんだけど、彼、紅茶に全然興味なかったはずなのに、ある日、「ダージリンのストレートで」って言ってね。それを思い出したんだよ」


 その時のことを思い出しつつ言う。


「たぶん私の影響ですよ。家に招待したときに、色々な銘柄の紅茶を出してたから」


 思い当たる節があるのか、少し可笑しそうに言う三条さん。


「三条さんって縁とは結構親しいの?塾で出会ったとか言ってたけど」


「そうそう。縁君は、昔から変だったんだけど、初めて会ったときもね……」


 楽しそうに彼との出会いの経緯を話す三条さん。


「あ、私ばっかりしゃべっちゃってごめん。結城君」

 

 一方的にしゃべっていたのに気が付いたのかあわてて謝る三条さん。

 そんな姿を見て、縁との想い出話を聞いて、不思議と安心できた自分に気がつく。


「緊張がほぐれたからちょうど良かったよ。なるほど、縁はそんなに前から……」


「結城君も、縁君とは長いの?」


「僕は小学校に入ったときからだね。彼、会った時からやっぱりどこかずれててさ」


「わかるわかる。え、なんでそんなことするの?って事、いっぱいあったから」


 彼女は彼女で色々な想い出があったらしい。


「たとえば、僕、小学校の時、いじめられてたことあったんだけどさ」


「え、えーと。それは……」


 ちょっと戸惑った様子の三条さん。ちょっと言い方がまずかったかも。


「ごめん。いじめ自体は、別に大したことじゃなくてね。それで、ある日縁に相談したんだけど、彼、何したかわかる?」


「……縁君なら、突拍子もないことしそうだけど、うーん」


 考え込んでいるけど、さすがに答えは出てこないようだ。


「バットを持参して、いじめっ子をいきなりぶん殴ってきたんだよ。」


「ふふ。いきなり凶器持ち出すのが縁君ぽいよね」


 ケラケラ笑う三条さん。

 彼は、そういう後先考えないところがある。


「でも、「何かあったら俺が相手になる」って言ってくれたのは嬉しかったな」


 手段は無茶苦茶だったけど、僕を必死に庇おうとしてくれたのだ。


「そういうところも、縁君らしいね」


「らしい?」


「いざという時に身体を張ってくれるとこ」


「なるほど。納得だよ」


 初対面のはずなのに、想い出を共有しているのが不思議だ。

 気が付けば、もうすっかり緊張感は無くなっていた。


「そういえばさ。これから、姫さんって言ってもいいかな?」


 雰囲気にあてられて、ついそんな事を口走ってしまった。馴れ馴れしいかと後悔したが後の祭り。


「大丈夫だよ。でも、姫ちゃんて呼んでくれた方が嬉しいかな」


 しかし、彼女の方は気にしていないようだった。僕の考えすぎだった?


「それじゃ、私も、一貴君って呼んでいいかな?」


 少し控えめに、三条さん改め姫ちゃんの申し出。


「喜んで。でも、ほっとした」


「ほっとした?」


「緊張してうまく話せなかったらどうしようって思ってたから」


 こうして、普通に話せるようになって本当に良かった。


「それは私もだよ。縁君がいきなり一目惚れした奴がいるとか言い出すもん」


 縁は、そんないい方をしてたのか。もう。


「ひょっとして、それで、あんなに緊張して?」


 思えば、紹介されただけにしては緊張感が激しいと思っていた。


「うん。そういう紹介だったから、どうしようって意識しちゃって……」


 恥ずかしそうに話す姫ちゃん。


「僕も姫ちゃんが凄い緊張してるからどうしようと思ったんだ」


「だ、だよね。ごめん」


「いや、気にしてないから」


 その後も、ゲームセンターでUFOキャッチャーに興じたり、人気のクレープ屋に並んで一緒に座って食べたり、カラオケで歌を歌ったりと楽しんだのだった。


 そろそろデートもお開きという夕暮れ。


「今日は色々遊べて楽しかったよ、姫ちゃん」


 本心からそう思う。


「私も。最初はほんとにドキドキだったけど」


 穏やかな笑顔で言う姫ちゃん。

 共通の友達の話題で盛り上がれたのが良かったのだろうか。


「もしよければなんだけど。これからも、遊びに誘っていいかな」


 きっかけは一目惚れだったけど、今は彼女の事がもっと知りたくなっていた。


「私もそれ言おうと思ってたんだよ。これからも、よろしくね、一貴君」


 そう言葉を紡ぐ彼女は、やっぱり可愛くて。


 今日という一日を過ごせるきっかけをくれた親友に感謝したのだった。

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