第29話 後輩が怒っている件について

 キーンコーンカーンコーン。1限の終了を告げるチャイムが鳴った。

 正直、何を言われるかとひどく落ち着かない時間だった。


 職員室前にたどりつくと、ちょうどつむぎも来たところだった。


「紬さ、ひょっとして、今朝のことで呼び出された?」

「御名答です。えにしちゃん」


 声は少し沈んでいるように見えた。


「あのさ。ひょっとして、変な噂でも流れたりしたか?」


 俺の方も噂でもちきりだったのだ。

 ひょっとして、紬の方も何か言われたのではないかと気が気ではない。


「幸い……というべきかわかりませんが、私の方はそれほど」

「そうなのか?」


 意外だった。てっきり、紬の方でも変な噂が立っているものとばかり。


「「カレシ、ちょっと強引だよね」

 「嫌な時は嫌って言わないとつけあがるよ」

 「甘い顔ばかりしてちゃ駄目だよ」とか。慰めたり、アドバイスしてくれる方々はいたんですが、それくらいでしょうか」

「そうか。ほんとに今朝は悪かった」


 心をこめてそう謝罪する。正直、配慮が足りなかったと言われても仕方がない。


「謝らないでくださいよ。私も、したかったんですから」

「いやでも、なんか不機嫌だろ」

「なんで縁ちゃんばかりが責められるんでしょうね」


 ぽつりとこぼした言葉は意外なものだった。


「そりゃ俺が強引だったから」

「でも、私も別にいいかなって思ったわけですよ」

「そりゃそうだが」

「なのに、私が強引にされたみたいな事言われるのおかしくありません?」


 言葉がどんどん怒気をはらんでいく。


「ちょっと待て、落ち着け」

「落ち着いてられませんよ!人の彼氏をなんだと思っているんですかね、ほんと!」


 本当に珍しい。こいつが誰かにほんとに怒っている姿は滅多に見ない。


「もちろん、友達を慰めてるつもりなのはわかりますよ」

「そうそう。そういうもんだって」

「でも、こっちの気持ちを無視して、一方的にされたってのは腹立ちません?」

「いや。そう言われてもな」

 

 その後も、ぶつぶつと恨み言を言う紬。

 予想外のところで怒りを見せた紬に驚いていると、職員室の扉ががらっと開いた。


「ちょっとうるさいですよ……鈴木君に、佐藤さん?」


 出てきたのは、俺の担任である山下先生だった。

 お説教を食らうはずだったことをすっかり忘れていた。

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