第37話 俺と後輩が母さんのお見舞いをした件について
「うう。ちょっと、緊張してきました」
「なんで、母さん相手に今更緊張するんだよ」
病院の受付にて、そんな会話を交わす俺たち。
母さんが入院してから、半月とちょっと。
1週間に一度はこうしてお見舞いのために病院を訪れている。
そして、どういうわけか、
「でもですね。今の私は鈴木家の食卓を任されているわけでして」
「別にそんな事でどうこう言わないのわかってるだろ?」
「それはそうなんですけど……」
どうやら、食事を任されているせいか、必要以上に気負っているらしい。
そんな様子が微笑ましくて、なんとなく髪を撫でてみる。
「なんか、
心なしか、嬉しそうにそんな事を口にする紬。
「そういえば、そうだったかもな」
「小学校以来ですよ」
「そんなに昔だったかな」
「緊張した時に、よくこうしてくれましたよね」
「昔のお前、本番に弱かったからなあ」
こいつは昔からしっかりしていたが、どういうわけか、大勢の前で話す時とかには、やけに緊張する事が多かった。そういう時に、髪を撫でると落ち着くものだから、緊張する時はそうして落ち着ける事がよくあった。成長するにつれ、そういう機会は減っていったのだけど。
そんな事を話していると、面会の準備ができたらしく、病室に案内される。
「いらっしゃい。縁。紬ちゃん」
少し余裕のある個室で、母さんが待っていた。
表情はいつも通りで、のほほんとした笑顔だ。
点滴のチューブが片腕についている以外は、外見には異常は見当たらず、いつも通りに見える。
「こんにちは。おばさん」
「あらあら、紬ちゃん。わざわざお見舞いにありがとうね」
「いえ。私も、食卓を任されている身ですから」
いつの間にか緊張が解けていたのか、受け答えは普通だった。
「それで、経過はどう?」
「検査の結果次第なんだけど、今週末くらいには退院できそうよ」
「それは良かったです」
ほっと胸をなでおろす紬。
だいたいの経過は俺から聞いていたものの、不安だったのだろう。
「紬ちゃんもありがとうね。色々大変でしょ?」
「いえ。縁ちゃんも協力してくれてますし、これはこれで楽しいですよ」
朗らかに答える紬。なんだかんだ言って、俺(と父さん)のために食事を作れるのが嬉しいらしく、紬はいつも頑張ってくれている。
「それで、どう?紬ちゃんの食事は」
「美味いな、うん。嫁に欲しいくらいだ」
「また、そうやってからかうんですから」
にやけた表情を抑えきれていないのがまた可愛い。
それならと、ふと思い出したネタを話してみる。
「子どもが出来たらとか妄想してたのは誰だったかなー?」
「そ、それは!おばさん。冗談。冗談ですからね!」
慌てて母さんの前で弁解する紬。実に弄りがいがある。
「あらあら。もう孫ができちゃうのかしら、ふふ」
「確かに、俺たちに子どもが出来たら、母さんにとっては孫か」
「もう、知りません!」
ぷいとそっぽを向く紬。からかい過ぎたのか、拗ねてしまったようだ。
その後も、学校や家での様子を、紬の事をからかいながら話して、たっぷり1時間もお見舞いしてしまった。
◇◆◇◆
「あー、楽しかった」
病院からの帰り道。
「今日の縁ちゃん、ちょっといじわるですよ」
からかい過ぎた事を根に持っているのか、そんな事を言ってくる紬。
そう言いながらも、つないだ手を離そうとはしない辺り、機嫌はいいらしい。
「おまえが可愛い反応してくれるから、ついからかいたくなるんだって」
「もう、その手には乗りませんから」
そんな、どうでもいい事を喋りながら、夕焼け空の中を歩く。
夏が近づいて来たせいか、もう18:00だというのに、まだ空は明るい。
「でも、今週いっぱいなんですね」
「ん?」
「いえ。縁ちゃんのご飯作れるのが、今週いっぱいなのが、ちょっと寂しいなって」
「……」
「あ、す、すいません。おばさんが退院できるのに、こんな事を言って」
慌てて訂正しようとする紬に、
「なあ、ちょっとお願いがあるんだが」
「え。どうしたんですか、急に」
「その。おまえの、手作りの弁当を食べたいんだけど」
健全な男子高校生なら、誰でも「彼女の手作りお弁当」を夢に見るだろう。
「彼氏の方から料理をねだるなんて、図々しいですよ」
そんな事を言いながらも、嬉しそうだ。
「いやなら、別にいいけど」
「いえ。作ります。ぎゃふんと言わせてあげますから」
「料理の腕はよくわかってるから、それはないと思うけどな」
「食費的な意味でですよ」
大真面目な表情と声色でそんな事を言う紬。
さすがに彼氏としては腕によりをかけたものを食べたいんだが。
「おいおい。そこで節約してどうするんだよ」
「冗談です」
「おまえな」
「確かに、からかってみるのもたまにはいいですね」
一本取った、とばかりに楽しそうな紬。
「とにかく、期待してるから」
「はい。腕によりをかけて作りますよ」
「その意気だ」
「でも、ありがとうございます」
「何が?」
「色々とですよ。さっきの事も」
「まあ、それくらいはな」
ただ、こいつのことを寂しがらせたくなかっただけだ。
礼を言われる程のことじゃない。
しかし、なんていうか。
「おまえ、意外と尽くすタイプだったんだな」
「別にそれほどでもないと思いますけど」
「いやいや。お前ほど尽くすタイプはそうそう居ないって」
付き合いがあるとはいえ、ヨソの家の食事当番を買ってでるなんて彼女、
そうそう無いだろう。
「そうでしょうか」
「そうだって」
「でも、私、全然尽くせてない気がしますけど」
なんだか不満げな様子の紬。
(自覚がないのも困りものだな)
そんな事を思いながら、帰路についたのだった。
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