第38話 後輩が手作り弁当を作ってきた件について

 時は流れに流れて、金曜日。あれから数日経ったけど、検査結果は問題なしとのことで、今日、母さんは退院できることになった。最初、俺が迎えに行こうとしたのだけど、父さんが休みを取って迎えに行く事になった。


 結局、病気自体は慢性のもので、薬を飲んだり定期的な通院は必要になるものの、普段通りの生活に戻っていいらしい。あとは、お医者さん曰く、もう少し体重を落とした方がいい、とのこと。母さんは食事を作る時によくつまみ食いをしているので、息子としてきっちり見張らなければ。


「というわけで、無事、退院できることになった」


 母さんの退院についての話をつむぎに語って聞かせる。場所は高校の中庭で、日陰にあるベンチに座っている。


「ほんと良かったです。あの時は、本当に心臓が止まるかと思いましたもん」


 母さんが倒れた時の事を思い返しているのだろうか。


「紬にも苦労かけたな。今日までほんと助かった」

「も、もう。今更そんな水臭いこと言わないでくださいよー」

「そうだな。今更だった」


 さすがに、紬も居心地が悪そうだったのでこれ以上は控える。


「それより。はい、これ。ちゃんと作ってきましたよ」


 ちょっとお洒落、というより、可愛い感じの弁当箱を手渡される。箱の表にはクマらしきキャラクターが鎮座している。


「可愛らしいな、これ。乙女って感じで」

「う。ちょっと子どもっぽ過ぎましたか?」


 少し不安そうな問い。


「いや、いいんじゃないか?ちょっと意外だけど」

「私だって、乙女ですから」

「それはよくわかってるよ」

「それ、イヤラシイ意味じゃないです?」

「普通の意味だって」

「別にいいですけど」


 そんなどうでもいい事を話しながら、箱を開けると、見事なまでの「手作り弁当」がそこにはあった。まず、白米とワカメの混ぜご飯。それに、プチトマトとレタス、キュウリのサラダ。他には卵焼き、唐揚げという感じで、素人目にも手間暇をかけたのが伺える。


 まずは、唐揚げに口をつける。


「……どうですか?」


 やっぱり少し不安そうに感想を求めてくる紬。さんざん、こいつの料理は食べているのだから、今更不安に思うことなんてないだろうに、と思う。


「うん。美味い。冷めてるのに、ジューシーっていうか」

「ちょっと工夫しましたからね」


 えっへんと、自慢げな様子で胸を張る紬。


「ネットで研究したんですけど、二度揚げしてるんですよ」

「二度揚げ?」

「名前の通り、二度揚げるって事ですよ」

「へえ、そんなやり方があるんだな」


 そんなことは初めて知った。感心しつつ、唐揚げを咀嚼する中で、また一つからかうネタを思いついた。それを言おうとする俺だったが―


「あの。ちょっと、やってみたいことがあるんですけど」

「なんだ?」

「えーとそのですね……」


 もじもじと何やら躊躇する紬の手元をみると、箸が唐揚げを掴もうとしている。それで、こいつが何をやりたいかなんとなく悟ってしまったが、まさか、同じ事を考えていたとは。


「ひょっとして、「あーん」でもやりたいのか?」

えにしちゃん、わかってて言ってますよね」


 動揺するかと思いきや、意外にもジト目で見返される。


「ん?何のことだ?」

「あくまでしらばっくれるつもりですか……」

「別に、しらばっくれているつもりはないが」


 あくまでとぼけてみる。


「もういいですよ。はい、「あーん」」


 意外にもストレートに唐揚げを差し出してくるので、逆にこっちがびっくりしてしまう。


 もぐもぐと差し出された唐揚げを咀嚼する俺。


「美味しいですか?」

「ああ、美味いぞ」

「良かったです」


 既に味はわかっているのに、何を言っているのかと思うが、これも様式美という奴だろう。


 その後も、様式美を踏襲して、こちらから「あーん」をしたりなどして食べさせ合う事になった。途中、近くを通りがかった奴らが、ビミョーな目つきをしていたが、気にしないことにした。


「いやー、ほんと美味かった。ごちそうさま」

「お粗末様です」


 そんなやり取りをしながら、注がれた麦茶に口をつける。最近、暑くなってきたので、冷えた麦茶がうまい。


「あの。ちょっとお願いがあるんですけど」

「ん?」

「これからも、お弁当作ってもいいですか?」

「そりゃ、ありがたいけど。いいのか?」

「こっちからお願いしてるんですけど」

「そりゃそうだが」

「せっかくなので、もっと料理うまくなりたいんですよ」

「だったら、おじさんに食べてもらえばいいんじゃないか?」


 もう一声欲しいので、そんなことを言ってみる。


「またそういう意地悪をするんですから」


 意図を見抜いたのか、ふくれっ面をする紬。


「彼氏としては、もう一声欲しいんだよ」

「もう、わかりましたよ」


 はあ、とため息を付いた後に、


「だから。縁ちゃんにもっと喜んで欲しいんですよ」


 そう言われると、胸の中に幸せな気持ちが広がっていく。自分で言わせたんだろうというツッコミを心の中でしてしまいそうになるが、気にしない。


 そうして、母さんの入院から始まった、ちょっと変わった日常は終わりを告げたのだった。しかし、最近、慌ただしくて忘れかけていたがー


「そういえば、あいつら、どうしてるんだろうな」

「あいつら?」

「いや、タカと姫」


 そもそも、俺たちが付き合うことになったきっかけの二人の事を思い浮かべる。


一貴かずたか先輩やひめちゃんから聞いてないんですか?」

「世間話はするけど、そっち方面はあんまり」

「わからなくもないですけど。でも、私も姫ちゃんの事は気になりますね」

「だろ?」

「じゃあ、私は、ちょっと姫ちゃんの方に話聞いてみますね」

「じゃあ、頼む。俺は、タカの方聞いてみるわ」


 ということで、親友二人の恋路について、再び、探りを入れてみることになった俺たち。はてさて、うまくやっているといいんだが。



☆☆☆☆


 第4章はこれで終わりになります。続きが読みたい、面白かった、などあれば応援コメントなどお願いします。

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