第43話 日頃の感謝を込めて

 うまく行った2人のことは当人たちに任せるとして、こっちはこっちの話をしよう。ということで、つむぎを連れてひめの家を出発した俺たち。で、着いたのが―


「ここ、えにしちゃんの家ですよね」

「そうだが?」

「てっきり用事があるのかと思ったんですが」

「用事といっちゃ用事だな。とにかく、入れよ」

「はい。お邪魔します」


 案内したのは俺の家。紬は戸惑い気味だけど、それも当然か。


「とりあえず、少しそこで座って待っててくれ」

「んん?いいですけど……また何か企んでませんか」


 疑わしげな目つき。


「すぐにわかるから」


 それだけ言って、俺はキッチンに向かう。そして、冷蔵庫にしまっておいたブツを取り出す。うん。我ながらよく出来ている。お皿と紅茶を準備して、ダイニングに戻る。


「それって……」


 戻ってきた俺を見て、なにか言いたげな紬だが、とりあえず配膳を済ませる。


「というわけで、こっちはこっちでお祝いだ」


 テーブルの上に置かれたお手製のチーズケーキと、上に置かれたチョコレートに「いつも、ありがとう。縁より」というデコレーションの文字。正直、恥ずかしい気持ちはあるんだが、いい機会だしな。


「嬉しいんですけど、お祝いって……私の誕生日、1か月は先ですよ?」


 テーブルに置かれたチーズケーキを見て目を白黒させている紬。


「そりゃな。今回のは、日頃の感謝を込めてってところだ」


 姫の誕生日パーティーをする事に決まったときに、どうせなら……ということで、こっちも、日頃の感謝を表す催しをやることにしたのだった。


「そういえば、おばさんもおじさんもいませんよね。縁ちゃんが?」

「事情を話して、ちょっと家を空けてもらった」


 母さんも父さんも、俺達の仲はよく知ってるから、今更だ。母さんには、「ほんと、縁は紬ちゃんの事が大好きなのね」なんて言われてしまった。色々いたたまれない。


「相変わらず、妙に凝るんですから」


 なんだか、ため息をつかれてしまっている。ありゃ?不発だったか。


「これって、やっぱり、手作りですよね」


 チーズケーキをしげしげと眺めながら、聞いてくる。


「当然。店で売ってるのだと、もっと綺麗だろ?」


 チーズケーキは初挑戦だったので、多少形がいびつになってしまった。


「ちょっとビックリですけど、ありがとうございます。嬉しいです」


 ペコリと頭を下げられる。


「それはなにより」


 もっと、劇的な反応を期待していたんだけど、反応が薄いな。まあいいか。


「とりあえず、ほら」


 チーズケーキをナイフで切り分けて、皿に乗っける。


「それじゃあ、いただきます」

「召し上がれ」


 さて、自分ではよくできていると思ったのだが、反応は如何に。


「美味しい!甘いだけじゃなくて、チーズの香りも。それに、これは、バニラ?」

「ご明答。ちょっと隠し味に使ってみたんだ」


 個人的な好みもあるんだが、ちょっとアレンジを効かせてみた。


「毎年の誕生日もそうですけど、どんどん凝っていきますよね」

「性分だからな」

「お店でもなかなかお目にかかれませんよ、ほんと」


 そんな事を言いながら、幸せそうにチーズケーキを頬張る紬。


「恐悦至極」


 ちょっと照れくさくなったので、おちゃらけてみる。


「ひょっとして、照れてます?」


 こういうところをすぐ見抜いてくるから、長い付き合いなのは厄介だ。


「そりゃ、可愛い彼女にそう褒められればな」

「そういうところ、可愛いですよね」


 なんて言いながら、頭を撫でようとしてくるので、さっと避ける。


「なんで避けるんですか!?」

「さすがに、子ども扱いされてるみたいで、ちょっとな」


 ついさっきも、微妙な気持ちになったばかりだ。


「自意識過剰ですってば。てか、縁ちゃんもよくやりますよね!?」

「それはそれ、これはこれだ」


 そういえば、これを渡さないと。


「あと、これ」


 封筒に入れられたそれを手渡す。


「手紙……ですか?」

「後で読んでもらえると助かる。俺が居ない時にな」

「じゃあ、今、読みますね」

「後で読んでと言ったはずだが!?」

「だって、そう言うなんて、よっぽど恥ずかしいことが……」


 封筒を開けて、中に入った手紙を読み出す紬。くそ。もっとそっけなく言っておけば良かった。


 さて、どんな反応が返ってくることやら。


 と思っていると、だんだん紬の顔が赤くなってきて、しまいには、目尻からなんだか涙がこぼれている始末。


「っておい!?」


 席から立ち上がったかと思えば、後ろから抱きしめられてしまった。


「私、なんかを、こんなに好きでいてくれて、ほんと、幸せです……」


 ぽろぽろと涙をこぼしながらそう言う紬。おいおい。


「別に、泣くことはないだろ」

「だって、ほんとに嬉しくて……。色々、ずるいですよお」


 どんな表情をしているのやら、と思って振り向いたら、


「むぐ」


 唐突にキスをされてしまう。


「ぷはぁ」


 唇を離した紬は、瞳をうるませていて、とても艶めかしくて、可愛らしい。


「その。私から言うのは恥ずかしいんですが……」

「ん?」

「抱いて、もらえますか」


 その言葉に胸が高鳴る。俺から求めることはあっても、こいつからはっきり求められる事はあまり……いや、ほとんどない。


「その。いいのか?止まれないぞ」

「はい。今日は激しくして欲しいです」


 狙って言っている……わけじゃないだろうな。本心からなのだろう。紬の身体をお姫様抱っこして、ベッドへ運ぶ。


 静かに、ベッドに紬の身体を横たえると、


「ひょっとして、こういうの、狙ってましたか?」


 どこか夢見心地の表情で、言う。


「んなわけないだろ」


 ほんと、単に日頃の感謝を表したかっただけだ。


「ですよね。そういうとこ、ほんと、ズルいですよ」


 こんな表情をして、俺を誘惑するこいつこそ、ずるい。


 というわけで、しばらく燃え上がったその夜。


◇◆◇◆


「今日は、すっごい、気持ちよかったです」


 既に服を着た紬が、感想をもらす。


「それは良かった。俺も、気持良かった」

「3回もするって、初めてじゃないですか?」

「最近、ちょっと溜まってたし、おまえが可愛いから、つい」

「別に、いいですけど。とっても、幸せですし」


 枕を抱きながら、そんな事を言う紬。


「そういえば、姫ちゃんたち、どうしてますかね?」

「どうだろな。奥手だと思ってたタカが、あんな行動にでるとは思わなかったし」

「ですよね。あれは、ちょっと予想外でした」

「だろ?案外、キスくらいまでしてるかもな」

「姫ちゃんも、盛り上がったら行くとこまで行っちゃいそうですし」

「ああ、ありそう。天然で男心くすぐる事言いそうだし」


 今度、あいつらに、聞いてやろう。そう思ったのだった。


☆☆☆☆


 第5章はこれで終わりです。

 第6章は、くっついた親友同士との、少し違う日常をお届けする予定です。

 

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